六-2
夜になって紳一が帰宅すると、玄関の電話が鳴った。
「私が出るから」
「ああ」
電話に出た春子が名乗ると、受話器の向こうで森咲つぐみが申し訳なさそうに名乗った。
「森咲先生、こんばんは。こんな時間にどうしたんですか?」
「ちょっと、お父さんにお話があるのだけれど。いらっしゃる?」
春子はすぐに紳一と代わるのだが、二人のあいだにどんな事情があるのか気にかかる。
学校のことだろうか。あるいはもっと親密な事情があるのか。
そんな春子をよそに、紳一は照れ臭そうに電話に応じている。
「このあいだはあんなことを言ってしまって、すみませんでした。私のことは気にしないでください」
昨日、二人きりで身を寄せ合っていたとき、彼女から「好きです」と告げられた場面が紳一の頭を過った。
「僕のほうこそ、先生がそんなふうに思っていたなんて知らずに、すみません」
「そのことはほんとうにいいんです。それよりも、本をいただいたお礼がしたかったものですから。その……、何かご馳走させてください」
「そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫です。僕も本の処分に困っていたところだし」
「迷惑……ですよね……」
つぐみの残念そうな声が、紳一の耳をくすぐっている。
「せっかくだから甘えさせてもらおうかな。本の感想も聞きたいし」
紳一は明るい調子でつぐみの誘いを受けた。
「是非、そうしてください」
つぐみの声は高くはずんでいた。
そうして二人で会う約束をして電話を切ったのだが、紳一の話し声を聞いていた春子は、当然おもしろくない。
「どんな用だったの?」
「本を譲ったお礼に、食事をご馳走してくださるそうなんだ」
「ああ、そう」
春子はあからさまに嫉妬した。娘の自分が適うわけがないと思った。
そして思わず口がすべった。
「じつは今日ね、養鶏場の佐々木さんに……」犯されそうになったと言いたかったが、自分の不注意を嗜められそうで、やっぱり言えなかった。
「佐々木さんがどうした?」
「ううん、何でもない」
紳一のほうも、昼間に九門和彦と偶然会ったことを春子に言えずにいた。
お互いに後味の悪い気持ちのまま、夜が更けていった。