二-3
都会から離れた田舎の小さな町には、犯罪らしい犯罪はほとんどなかった。
地元の消防団や自治会の青年部などが、定期的に町内を巡回しながら防犯につとめてはいるものの、事件や事故があるわけでもなく、町内清掃が主な活動となっている。
皆とっくに平和ぼけしていたそんな時分、めったに鳴らない交番の電話が鳴ったもんだから、駐在員は肝を冷やすほど驚いた。
間違い電話ならいい迷惑だ、といった構えで電話に出ると、消防団員を名乗るその男の話を聞いてさらに驚いた。
とある墓地のいちばん奥まったところで、高校生くらいの少女を保護したのだと言う。
しかしその発見時の異様な状況を聞くうちに、駐在員は顔を青ざめさせたのである。
墓石の前に座り込んだ少女が故人と対面しているのだと、そこに居合わせた誰もがそう思ったらしい。
それから間もなく、何かがおかしいと思った一人が、少女のほうへ近づいていった。
残りの者は遠目にその様子を窺っていたのだが、彼は少女を見るなりこちらに向かって叫び声を上げ、自分の着衣を脱いで彼女を覆い隠した。
さらに彼は、婦人部のにんげんを寄越せと声をつり上げたのだった。
「それで、その子はどういった具合だったのかね?」
言いながら駐在員は受話器を肩に挟み、大学ノートに鉛筆をはしらせた。
酷いことに、その少女はブラウスもスカートもはだけたままで、声もなく泣いていたと言う。
下着は着けておらず、まばゆいほどの白い肌も露出を強いられ、所々にすり傷をつくっていた。
口は粘着テープで塞がれ、右手は右足と、左手は左足と、それぞれが手拭いで縛られて自由がない状態であった。
すぐそばの草花が散り散りになっており、はげしく争った様子が生々しく窺えた。
さらにかわいそうなことに、執拗に吸われたであろう乳首や局部は紅く腫れ上がり、悪質な性への執着を物語っていたのである。
それだけではない。もっとも異様だったのは、少女の傍らに放置されていたバケツである。
墓地の備品と思われるブリキのバケツに入っていたもの、それは……、大量の蛙の卵だった。
田んぼをのぞけばいくらでもあるし、今の時季ならば、米粒ほどの小さなおたまじゃくしが孵化する様子も見られるだろう。
しかしその消防団員は見てしまった。バケツの中身とおなじものが、少女の膣から垂れ流されているところを。
まるで少女の胎内からおたまじゃくしが産まれているように見えたそうだ。
そのことを聞いた瞬間、駐在員はメモの途中で鉛筆の芯を折ってしまった。
この小さな町で犯罪が起きたのだ。しかも性犯罪である。
性犯罪の多くは被害者が泣き寝入りをしてしまうために、一見平和に思える町であっても、誰の目にも触れられることなく、婦女が犯されていることだってあるのだ。
そうやって加害者は社会的な制裁から逃れ、何食わぬ顔で日常に溶け込んでいるのである。
「手足にすり傷があったんで、婦人部の者を付き添わせて病院で診てもらっている」
電話はそこで切れた。
*
このことはすぐに学校関係者の元へ伝えられ、そこから連絡網で保護者たちに知らされた。
祝日の昼ということもあり、生徒全員の無事を確認するのはなかなか骨の折れる作業であった。
「どうして電話に出ないんだ」
つながらない電話をかけつづけているのは、女学校の校長である桜園善次だ。
「深海くんも、美智代も、こんなときにどこへ行っているんだ」
春子の家の電話は誰も出ないし、美智代も行方が知れず、墓地で保護された少女の身元確認も進んでいなかった。
こんなことは考えたくもないが、その少女が美智代か深海くんのどちらかであるという可能性もある──。
善次は眉間の皺をさらに深く刻み、もう一度だけ深海家に電話をかけた。