二-2
紳一と森咲つぐみが親しげに話している様子を、たまたま通りかかった春子は見てしまった。
お父さんと森咲先生って、そういう関係だったんだ──。
これが嫉妬というものなんだと春子は思った。紳一が遠くへ行ってしまいそうな気がして、途方もない喪失感が春子の心に穴をあけた。
森咲先生は容姿もきれいだし、きっと内面も私なんかよりずっときれいなんだ──。
春子は胸に手をあてて、今すぐ大人になりたい、と下唇を噛んだ。
そんな叶わぬ思いを抱えたまま、春子は待ち合わせ場所に急いだ。
「美智代ったら、どうしたのかしら」
春子が空を仰ぐと、太陽はいちばん高くまで昇りきっていて、まんまるい日輪をつくっていた。
約束の時刻はとっくに過ぎている。それなのに美智代がなかなかあらわれないのだ。
美智代が約束を忘れるはずがないと思った。
それならば、と春子は美智代の家に自転車を走らせた。
*
桜園(おうえん)家の屋根の鬼瓦は、何度見ても恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。
春子は苦笑いのまま、桜園美智代の家に入れないでいた。
「深海くん、いらっしゃい」
春子が呼び鈴を鳴らそうとしていたところに、庭木の世話をしていた善次(ぜんじ)の低い声が飛んできた。美智代の父である。
「校長先生、こんにちは。じつは今日、美智代と会う約束をしていたんですけど」
「娘なら朝早くに出かけたはずだが。どうかしたのかね?」
「それが、待ち合わせの場所になかなか来ないので、まだ家にいるのかと思って来てみたんです」
「出かけたきり、まだ帰っとらんよ」
「そうですか……」
春子は視線をはずし、美智代の行きそうな場所を頭に巡らせた。
「心当たりはあるので、そこに行ってみようと思います。どうもおじゃましました」
春子は深々と頭を下げた。
まだ若いのに、なかなかはっきりと喋る子だ──。
善次は感心の眼差しで春子のことを見送った。
*
町に一軒しかない手芸店には、学校帰りの女子生徒たちが常に入り浸っており、気の合う友人らとお喋りをする憩いの場となっている。
休日ともなれば高校生だけでなく、中学生やら、小学校の高学年生までもがやって来る。
店主のおばさんとは女子生徒のみんなが顔馴染みだった。
春子の予想通り、今日も数人の女の子たちが店内のあちこちで輪をつくって談笑している。
「そうねえ。美智代ちゃん、今日は見てないね」
趣味のついでに仕事をしているといった感じの店主が、湯呑みのお茶をすすりながら言った。
ここにもいないとなると、美智代は一体どこへ出かけて行ったのだろう。
もしかしたらどこかですれ違って、美智代のほうも私を探しているかもしれない──。
思い立った春子は、とりあえず家に帰ることにした。