月経タイム 前編-2
明くる日、部活動が終わってバインダーとストップウォッチを片づけていたマユミに、後輩の一年生マネージャ、和代が近づいてきた。
「先輩。」
マユミは顔を上げた。「なに?どうしたの?」
和代はまっすぐにマユミの目を見ながら唐突に言った。「ケンジさんのアドレス、教えてください。」
「え?ケン兄の?」
「はい。」
「なんで?」
「あたし、ケンジさんが好きなんです。それに、この前、彼の誕生日だったのに、あたし何もプレゼントできなかったし。」
マユミは怪訝な顔をした。「なんで、ケン兄の誕生日を知ってるの?」
「だって、マユミ先輩とは双子なんでしょ?うちの名簿見ればすぐわかります。」
和代は自信たっぷりに言った。
「なるほどね。」マユミは中断していた作業を再開した。
「ねえ、教えてくださいよ。」
「悪いけど、」マユミはバインダーの束を抱えて腰を伸ばした。「アドレスを第三者に教えるのは、海棠家では御法度なんだよ。」
「えー、何でですか?」
「まずはリアルに会って、話をして、親しくなってアドレス交換、っていうのが普通の流れじゃない?」
「いいじゃないですか、教えてくださいよー。あたしケンジさんが好きなんですうー。」
マユミはいらいらしてきた。以前からこの後輩だけは苦手だった。なによりその無神経な厚かましさが我慢できなかった。マネージャ和代のしつこさと過剰なポジティブさは部員の間でも定評があったので、おそらくこういうやりとりが数日続くことをマユミはその時覚悟した。
しかし、予想は覆された。翌日の部活動が終わった後、和代はいつになく片づけを手際よく全部済ませると、にこやかにマユミに手を振ってあっさりと荷物を抱え、部室を出て行った。「じゃあ、マユミ先輩、また明日っ。」
マユミは拍子抜けしたように部室に鍵をかけ、自転車に跨って学校を後にした。
あと5分もすれば家に帰り着く、という通学路の交差点に面して小さな公園があった。マユミはいつものようにその場所を通り過ぎようとして、ふとその車止めのある入り口に目をやった。
「え?」
もうあたりはすっかり暗くなっていた。公園入口に立てられた街灯の下に、二台の自転車が置いてあった。そのうちの一台はケンジのものだった。
マユミは自転車を停めた。そして中の様子を窺った。
ブランコ横のベンチ。そのそばにも一本の街灯が立っていて、まるでそこだけスポットライトが当たっているように、制服を着た男女が座ってなにやら話をしている姿が浮かび上がっていた。
それはケンジと和代だった。
「なに?何なの?あの子・・・・。」
マユミは二人に悟られないように場所を移動し、公園横にある古い商店の自動販売機の陰に身を隠した。
和代はケンジに薄いピンク色の封筒を手渡した。ケンジは照れたように頭を掻きながらそれを受け取った。
みぞおちのあたりに締め付けられるような痛みが走り、マユミは思わず顔を背けた。そしてそこに座り込んで胸を押さえ、息を整えた。
マユミが再び目を上げた時、ケンジは立ち上がって和代から受け取ったものをバッグにしまっているところだった。そして彼は焦ったように公園の入り口に停めた自転車に向かって歩き出した。
マユミは慌ててそばに停めていた自分の自転車に飛び乗り、ペダルを思い切り踏み込んだ。