恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-8
まあ、端から見て美弥にべた惚れ……いやそんな生易しい表現では済まされない程に『美弥大好き』オーラを発散している龍之介だから、その体質が治ったとしても美弥一筋だろう。
「……あ〜」
紘平の事を思い出し、瀬里奈は唸った。
「あいつもどうにかしなきゃね……」
その一言に、美弥が反応する。
「高遠君が、どうかしたの?」
「ん〜?オ・ト・コ、だからさ」
意味深な発言に、美弥は目を細めた。
紘平とはもうきっちり別れているのだし、自分が嫉妬する余地は全くないのだが……何となく、面白くない。
「手綱緩めようとする度に、あたしの事ハラハラさせてくれるからさ……ありゃ当分、お尻の下に入れとかないと駄目ね」
顔を上げた美弥は、自分の注文した葛切りを口に運ぶ。
「……そういえばさぁ」
美弥の声に、瀬里奈は口元まで蜜豆を運びかけていた手を止めた。
「何よ?」
「あ〜……その、ね……よく彼の事を許したなぁって思って」
歯切れの悪い問いに、瀬里奈は肩をすくめる。
「あぁ、それね。別にたいした事じゃないわ」
その発言に、美弥は目を剥いた。
「ようやく始めた、まっとうな恋愛だもの……手放すの、惜しかったし。それに、間違いを犯さない人間なんていやしないわ。諺で、仏の顔も何とやらって言うし……ま、三度までなら浮気を許すって事ね」
「じゃ、あと二回しか猶予がないのね」
笑いながら美弥が言うと、瀬里奈は吹き出した。
「そ。あと二回、あたし以外の女に何かしたら……そん時には、八つ裂きじゃ済まないわね」
湯浴みを済ませた美弥が部屋に戻ると、携帯に龍之介からのメッセージが入っていた。
「お」
開いてメッセージを読むと、美弥はさっそく返信する。
少しして、またメールが届いた。
何通かメールを交わした後、今度は電話がかかってくる。
「どしたの?」
すぐに電話へ出た美弥は、不思議そうな声で電話向こうの龍之介へ尋ねた。
龍之介は、意味不明な唸り声を発している。
美弥はちらりっ、と壁にかけてあるカレンダーに視線を走らせた。
今日は土曜日……今までならばご飯やお風呂を済ませ、そろそろ龍之介のベッドに潜り込んでいる時間帯である。
前戯にも本番にも後戯にもたっぷりと時間をかける龍之介だから、早めに床入りしないと長く寝る美弥が駄目なのだ。
「………………りゅう」
甘い色気を含んだ声で、美弥は特別な名を呼ぶ。
龍之介が何を求めているか……何となく、分かった気がしたからだ。
『うぅ……』
悩ましげなため息を、龍之介がつく。
『美弥……』
「今、部屋?」
この状態ではぐらかすのは躊躇われ、ストレートに美弥は尋ねた。
『うん……自分一人』
やはり。
『その……シたいんだ』
言ってから後悔の念に襲われたらしく、龍之介はまた唸る。
『今すぐ会うのは無理だから……その、電話で』
その言葉に、美弥は凍り付いた。
「え……え?」
『電話で……シてるとこ、聞かせて?』
ベッドに寝転がり、美弥は唇に触れた。
自分では自覚がないが……柔らかくて美味しくて、何度でも味わいたいと龍之介は言う。
携帯を口元に近付けると指先で唇を割り、美弥は指を吸った。