恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-5
ゴウンッ……
そうやってブランチの準備をしていると、不意に低い音が聞こえてきた。
「?」
耳を澄ますと、どうやら洗濯機の回る音のようである。
美弥が起き出して、シーツを洗い始めたようだ。
汗やその他諸々の液体でぐちゃぐちゃにしてしまったのだから、洗うのはまあ当然といえるが……何も起きてすぐに張り切らなくてもいいだろう。
特に、体力の消耗が激しい美弥は。
眉間に皺を寄せた龍之介は鍋の様子を見、中火をとろ火にして中身が焦げ付かないようにすると、洗面所まで行った。
「きゃーーーーっ!!」
ドアを開けた途端、黄色い悲鳴と共に服が投げ付けられる。
「いきなり開けないでよっ!」
半裸の状態で顔を真っ赤にした美弥が、早口で抗議した。
格好から察するにこれから湯浴みをするらしいと、投げ付けられた服で視界を塞がれる前にしっかり肢体を観察した龍之介は思う。
ただし、たかだか半裸を見られる事程度で何でこんなに騒ぐのかと、疑問が湧いた。
お互い、体のパーツの中でも一番プライベートでデリケートな部分を触り合っているのである。
それに比べれば半裸を見る事など可愛いものだと、龍之介は思うのだが。
「もう、信じらんない!」
「……どっちが?」
信じられないという美弥の言葉から二重の意味を感じ取った龍之介は、投げ付けられた服を顔から剥がしながら、目を細めてそう言う。
「……両方よっ」
目を逸らし、気まずそうに美弥は言った。
ノックもせずにドアを開けられたのも恥ずかしかったが、それ以上に昨夜の痴態が恥ずかしい。
態度で、そう言っているのである。
「そう言うだろうと思ったよ」
龍之介は苦笑し、服を足元に置くと洗面所へ足を踏み入れた。
「やっ!駄目、こないっ……!」
背を向けて縮こまろうとする美弥を、龍之介は抱き寄せる。
引き寄せた体勢から体をかがめて耳たぶへ口付けると、美弥は硬直してしまった。
湯浴みを済ませた龍之介からはボディソープの残り香が匂うのに対し、まだ体を洗っていない自分の体からは様々な体液がこびりついた臭いを発散しているように感じられる。
「や……だ……っ!」
舌先が耳たぶを探り始めると、美弥は体をよじって嫌がった。
「いや……あんまり恥ずかしがるから、さ」
愛撫を止め、龍之介は言う。
あんまり恥ずかしがるから、悪戯心をそそられてしまったのだ。
「だって恥ずかしいものっ!あ、あ、あんなっ……あぁもうやだぁ!!」
欲求不満に任せて性を貪った昨夜を思い出し、美弥は身悶えする。
飽きる事なく体を重ねたパートナーに対し、放恣なんて生易しい表現では済まされない痴態を曝け出してしまったのだ。
淫乱だなんて思われたらどうしよう、とも考えたくなる。
「言っておくけど、昨夜の事は僕が悪いんだからね」
龍之介は、美弥の耳元へそう囁いた。
「あんな風になっちゃうくらい、我慢させちゃってたんだ」
そして自分は初めて見た美弥を、こうして夜が明ける時間までたっぷりと楽しんだのである。
次々と貪欲に肉体の快楽を求める美弥をたっぷり楽しんだ龍之介には、すけべだ淫乱だと恋人をそしる権利は全くない。
むしろ時々……半年から一年に一回くらいのペースでいいから、こんな風にただひたすら互いの肉体を愉しめる時間が持てたらいいな、とすら思っていた。
美弥の豹変を促すスイッチ……『長期間の禁欲』の存在も分かった事だし、次の機会を狙うのはさほど難しく考える必要もなさそうである。