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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-17

 対する自分はといえば……美弥と比べて胸の出っ張りも腰の括れもお尻の位置の高さも劣り、鼻と頬へ散ったソバカスとレンズの厚い眼鏡のせいで、いまいち垢抜けない容姿である。
 コンタクトレンズは合わないので、眼鏡と替える事もできない。
 どう見ても自分より不美人に近い女へ、春宮が懸想するとは思えなかった。
「……ぶふ」
 楓は思わず苦笑する。
 懸想なんて何とも古い言い回しに、自分で自分を笑ってしまった。
「……ごちそうさま」
 そんな事を考えながらご飯を平らげてしまった楓は、箸を置いてそう言う。
「美味しかったわ。齋藤君、いい腕してるじゃない」
 それを聞いた春宮は、ぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございますっ!」
 残っている客にも聞こえる声で、春宮は礼を言う。
 大きな耳と尻尾が見えると、楓は思った。
 もちろん尻尾は、ちぎれんばかりに振られている。
「どういたしまして。はい、お勘定」
 楓は財布を取り出すと、カウンターの上に硬貨をざらりと置いた。
 価格分ぴったりの硬貨を見て、春宮はやや渋い顔をする。
「もうちょっといたいとこだけど、時間が時間だしおいとまするわね」
 腰を上げながら、楓は春宮へそう告げた。
「あ……」
 楓を引き止めかけた手を、春宮は慌てて抑える。
「ご飯、ごちそうさま。それじゃ、また明日」
 楓が店から出ていくと、春宮は肩を落として大きなため息をついた。
「息子よ……なかなかの難物だな、ありゃ」
 店主は、春宮の肩をぽんぽん叩く。
 春宮は父の言葉を否定しようと口を開きかけたが、諦めて素直に頷いた。
 もしかすると楓は、自分達の出会いの事すら忘れているのかも知れない。
 そう考えると、ますます肩を落としてしまう。
「三年前だもんなぁ……無理かなぁ……」
 
 
 三年前。
 あでやかに、桜が舞い散り始めていた。
 その中を遅刻寸前の春宮が、入学式の会場……体育館まで駆けていく。
「わぶっ」
 舞い落ちた桜の花びらに足を取られ、春宮はすっ転んでしまった。
 したたかに顎を打ってしまった春宮の目尻に、涙が滲む。
「ってえぇ……!」
 腹立ち紛れに罵り声を上げると、春宮は立ち上がった。
「ちょっと君、大丈夫!?」
 少し離れた場所からかけられた声に、春宮はそちらを見る。
 レンズの分厚い眼鏡に鼻と頬へソバカスの散った、いまいち垢抜けない女の子が駆け足で春宮の元にやってきた。
「やだ、顎……擦り剥けてるわよ?」
 女の子は、春宮の顎に触れる。
「つっ……!」
 擦り傷に触られ、春宮は僅かに眉を寄せた。
「絆創膏、いる?」
 そう尋ねてから、女の子は苦笑する。
「こんなとこに貼っちゃったら、目立って仕方ないわね」

 どくんっ……

 春宮の心臓が、急に跳ね踊った。
「あ……」
 驚く春宮だったが、はっと我に返る。
「やっばぁっ!入学式いぃっ!」
 女の子の手を振りほどき、春宮は猛ダッシュをかけた。
「心配してくれて、ありがと!あんたも、遅刻するぞ!」
 女の子があまりにもちんまりしていたので、てっきり同じ新入生だと思い込んでしまった春宮だが……後に彼女が三年生であり、宇月楓という名前だと、知る事になる。


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