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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-16

「ふーん。定食屋さんなんだ……」
 楓は気負う事もなく、のれんをくぐる。
「いぃらっしゃいぃっ!」
 店内に踏み込むか踏み込まないかのうちに、厨房から挨拶が飛んできた。
 晩飯時からは少々外れた時間帯だが、店内はそこそこ混んでいる。
 空気中には、煙草とビールとご飯の匂いが入り混じっていた。
「ご注文、何にいたしやしょ……何だ、春宮か」
 店主の威勢のいい声が、急にトーンダウンする。
「何だはないだろ何だは」
 後から入ってきた春宮は父親に向かって苦笑すると、楓をカウンター席に案内した。
「ちょっと待ってて下さいね。今、荷物置いてくるんで」
 春宮は厨房を横切り、奥の居住スペースらしき場所へと行ってしまう。
 手持ち無沙汰な楓は、天井近くにあるテレビに視線を向けた。
 
 ことんっ
 
 物音がしたので、楓は上げていた視線をカウンターに戻す。
「いらっしゃい。春宮のお友達?」
 オレンジジュースの入ったコップを置いたおかみさんが、楓へにこりと微笑みかけた。
「あ……」
「部活のOGだよ」
 荷物を置いてきた春宮が、厨房へ顔を出す。
「そのジュース、サービスですから遠慮なくどうぞ。それより宇月さん、何が食べたいです?」
 体に手早くエプロンを巻き付けながら、春宮は尋ねた。
「ん〜……」
 楓は、壁にかけられているお品書きを見る。
「それじゃあ……生姜焼き定食、お願い」
 春宮は、嬉しそうに微笑んだ。
「生姜焼き定食ですね。少々お待ち下さい」
「何だ春宮。お前、自分で作る気か」
 やや呆れた声で、店主が言う。
「いいだろ別にっ」
 中華鍋を火にかけながら、春宮は怒鳴った。
「ま、お前料理の腕前はいいからなぁ」
 プロの端くれである父親も認める腕前なら、美味しい生姜焼き定食が出来上がる事だろう。
 楓はオレンジジュースを啜りつつ、春宮が手際よく生姜焼き定食を作るのを眺めていた。
「はい、お待たせしましたっ」
 満面の笑みを浮かべて、春宮は楓の前に生姜焼き定食を置く。
 定食は出来立ての豚生姜焼きにたっぷりの刻みキャベツが添えられ、熱々のご飯と味噌汁が湯気を上げ、野菜のぬたと大根と白菜の漬物が盛られていた。
「それじゃあ、いただきます」
 胃袋の主張に負け、楓はいそいそと箸を取る。
「はいどうぞ」
 春宮は、自分のために青椒肉絲を作り始めた。
 ――自分の分のご飯を盛ると、春宮は楓の隣席へ腰を下ろす。
「で、春宮。お前、このお嬢さんを連れ込んでナニする気だ?」
 
 ぶうッ!
 
 父親の問いに、春宮は味噌汁を派手に吹いた。
 吹く瞬間に咄嗟の機転で口をお椀の中に突っ込んだため、春宮の吹いた味噌汁は逆戻りしただけで済む。
「ンな失礼な事、言うな!宇月さんがお腹減らしてるから、連れてきただけ!ナニもする気はないっ!」
 春宮の剣幕に、両親ではなくむしろ楓が驚いた。
 これではまるで、本当は下心があったみたいではないか。
「……まさか、ねぇ」
 春宮とは同じ中学校出身というだけで、やたらになつかれているものの親しい間柄とはいえない。
 ……と思う。
 だがこれがなついているのではなく、春宮なりのアプローチなのだとしたら?
「……ないないそんなんありっこない」
 口の中でもぐもぐと呟いて、楓は春宮を見遣る。
 ややひょろりとしている感がなくもないが、その中性さからするとちょうどいい体型だ。


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