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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-15

 山と積んだ布地のサンプルを前にして、楓はスケッチブックへデッサンを書き付けていた。
 とりあえずファッションショーで美弥に着せる服は決定したので、後はデザインを決めるだけである。
 肌理の細かい白い肌や優しい表情や羨ましくなるくらいに均整の取れた肢体を、隠すでもなく見せるでもないという微妙なバランスで纏わせ、なおかつスタイルを引き立てる服が、楓の目標だ。
 いいデザインが出ないまま、時は過ぎ行き用紙は無駄になってゆく。
「あれ……宇月さん?」
 背後から声をかけられた楓は、驚いて振り返った。
 そこにいたのは今年入った新入生、齋藤春宮(さいとう・はるみ)である。
 男なのに名前も容姿も中性的なのがコンプレックスらしく、年上のお姉様方に可愛がられるのをかなり嫌がっていた。
 だが楓とは中学校が一緒だったと言い、まるで子犬か子猫のようになついてくる。
 楓自身は、中学時代にこんな可愛い顔を見た事はない気がするのだが。
「こんな遅くまで、部活ですか?」
 言われた楓は、壁の時計に視線を転じる。
 時刻は、十九時四十七分だった。
「うひょうっ!?」
 驚きのあまり珍妙な悲鳴を上げる楓を見て、春宮はくすくす笑う。
「俺も、先生の雑用手伝わされて居残りしてたんですよ」
 中性的な外見を打ち消そうとでもいうのか、春宮は自分を『俺』と呼ぶのだが……ますます可愛らしいとお姉様方に大好評なのを、楓は知っていた。
 楓自身は春宮を、色々な意味で可愛いと思った事はない。
 ただ、なついてくるから構ってあげている程度の存在である。
「あ〜、明日に響くわこりゃ」
 楓はそう呟き、後片付けに取り掛かった。
「……」
 何を思ったのか春宮は傍にやってきて、布地サンプルを片付け始める。
「齋藤君?」
「一人で片付けるより、早いですよ」
 楓の声に、春宮はにこにこしながらそう答えた。
 
 ぐう〜、きゅるるるっ……
 
 時刻を意識した途端に腹を鳴らしてしまい、楓は真っ赤になる。
「ほら、早く片付けた方がいいじゃありませんか」
 にこにこした笑みを強くしながら、春宮は言った。
「あ、ありがとう……」
 楓は、かろうじて礼を言う。
「どういたしまして」
 楓がスケッチブックを片付けると、春宮は誘いをかけた。
「宇月さん……腹減ってるなら、ご飯一緒にいかがですか?」
 楓は、目をきょとんとさせる。
「ご飯、ね……」
 
 ぐきゅう〜
 
 再び腹が鳴り、楓は頬を赤らめた。
 こう何度も鳴られるのでは、家にたどり着く前に卒倒するかも知れない。
 どうやらここは、春宮の申し出を受け入れた方が良さそうである。
「そうね。せっかくだから、何か食べに行きましょ」
 
 
 春宮が楓を連れてきたのは、親しみやすい店構えの定食屋だった。
 何気なく看板を見ると、『定食屋 さいとう』と書いてある。
「……さいとう?」
 楓が呟くと、春宮は恥ずかしげにそっぽを向いて言った。
「……俺ん家です」
 成る程。


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