恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-14
「ん……駄目……」
何度目かのキスの後、美弥は艶っぽい声で呟いた。
このままキスを受けていたら、龍之介とシたくなってしまう。
「こういう声と態度の他にも、僕の彼女はこんなに可愛いって自慢したいの」
もしかして龍之介は、色眼鏡をかけた欲目で自分を見ているのではないだろうか。
その言葉を聞いた途端、美弥はそう思った。
「……駄目?」
言って小首をかしげる龍之介を見て、美弥はため息をつく。
「あんまり目立ちたくないんだけどなぁ……」
それを聞いた龍之介は、口の端に笑みを浮かべた。
「僕と一緒にいる限り、それは無理だね」
自然と集団の中心になってしまう自分の言動は、ようやく自覚したらしい。
「だから慣れて欲しい」
生徒モデルの依頼にあまり乗り気ではない美弥は、ため息混じりに言う。
「……努力はするわ」
「それじゃ、さよなら」
巴が腕を振るったご馳走を平らげてからしばらくして門限が迫ってきたため、二人は高崎家の玄関まで降りてきていた。
「……本当に、送らなくていい?」
「うん、大丈夫」
不安げな龍之介を安心させるように、美弥は微笑んでみせる。
「大丈夫だってば」
言って美弥は龍之介の首に腕を回し、そっと唇を重ねた。
さよならのチュー、である。
名残を惜しみ、龍之介は美弥を抱き締めた。
二人で延々とキスしていると、美弥の背後で玄関ドアの開く音がする。
「おっと、失礼」
兄弟の父……竜臣の帰宅だった。
龍之介の十年後が竜彦なら、竜臣は約二十年後の姿だと言える。
年を重ねて刻まれた目元や首の皺を除けば、竜彦と龍之介は父とそっくりだった。
「ん〜!ん〜ん!」
美弥は慌てて離れようとするが、龍之介は腕を回してがっちり引き寄せ、キスを続ける。
「やれやれ……情熱的な事だ」
竜臣は肩をすくめると、何事もなかったかのように家へ上がった。
竜臣がいなくなってから、龍之介はようやく唇を離す。
「……どうしたの?」
唇が離れると、怒るより先に美弥は尋ねた。
今のキスに、何やらただならぬものを感じたのである。
「ちゃんと、認めて欲しいんだ……父さんに、僕達の事を」
もう、美弥がいなければ前に進めない。
諸刃の想いを告げ、両親の祝福を受けたいのだ。
「で、言葉で説得する前にデモンストレーション」
「……あのね」
本心を隠した軽口に、美弥はげんなりした表情を見せる。
そんな顔ですら可愛いと感じるのだから、恋人を見る目とは我ながら不思議なものだ。
「よぉく言ったあぁっ!」
いきなりあさっての方向から聞こえてきた声に、二人はびくりと震える。
「私も応援しちゃうわっ!竜臣さんの反対なんか、吹っ飛ばしちゃいましょうっ!」
台所から廊下に顔を出した巴が、とてとてこちらにやってきた。
そして、息子の腕から美弥を奪い取る。
「だって!美弥ちゃんが龍ちゃんのお嫁さんになってくれたら、娘ができるんだものおおおっ!!」
初対面の時から変わらない巴の目的を聞いて、龍之介は頬を引き攣らせた。
もしも美弥がお嫁さんになってくれたとしても、巴がこれでは独占するのは難しい。
「あ〜今から楽しみっ!美弥ちゃん、色々しましょうねっ!」