恋人達の悩み6 〜桜、舞う〜-10
龍之介は、唇を噛み締める。
自分だって……今すぐにでも、生身の美弥を抱きたい。
全身を愛でて、思い切り鳴かせたい。
だがそれをするには今現在、場所も時間もない。
そこら辺の『ご宿泊』なり『ご休憩』なりは満員だろうし、家には両親も兄もいた。
それに、ホテルには欠点がある。
いずれの行為にもたっぷりと時間をかけるので、予算の事を考えて『ご休憩』すると、いちゃいちゃしているうちに時間をオーバーしてしまうのだ。
今までは家で存分に時間をかけていたからそれが何とも気ぜわしく、龍之介はあまり利用したいとは思えないのである。
ならばそれら以外のどこかでとも思うが……獣じゃあるまいし、そんな冒涜的な行為は慎みたい。
「ふーん……」
紘平は、ぽりぽりと頬を掻いた。
「俺と瀬里奈がどこでヤッてるか、龍やんはそんなに気になると」
思わず、龍之介はつんのめる。
「あのなぁ……」
オブラート三枚に包んでソフトにソフトに伝えたはずの言葉をストレートに翻訳され、龍之介は眉をしかめた。
――二人がいるのは、紘平の部屋である。
バイト帰りに龍之介から『相談がある』と持ち掛けられた紘平は、だいぶ躊躇ってから龍之介を部屋へ招待した。
人様には聞かれたくないだろうしとの配慮だが……『現場』へ招き入れる事になる訳だから、下手をすると龍之介の怒りを誘発する恐れがある。
だがもはや禍根はないとでもいうのか、部屋まで来た龍之介はいたって冷静だった。
龍之介としてはこんな微妙な問題を恋人の元彼なんぞに相談したくはなかったが……秋葉を始めとする友人達のほとんどに恋人がおらず、まかり間違ってこんな事を聞いたらノロケかイヤミを言っているのかと袋叩きの目に遭わされそうだったので、仕方なく紘平に相談したのだった。
ちなみに秋葉当人は、こういった恋愛事の相談には全く向かない。
「まぁ……気持ち、分からなくはないけどな」
早くも地元に馴染んで大阪に引っ越す前の言葉使いに戻った紘平は、肩をすくめる。
「俺と龍やんは、立場が正反対だからさ」
言われた龍之介は目をしばたたき……納得した。
親元を離れた紘平と、親が帰ってきた自分。
美弥の元の恋人と、今の恋人。
探せばもっとあるかも知れないが……少なくともこの二点は、紘平と正反対である。
「別に親の事、気にしなくたっていいだろ?美弥の何がそんなに気になるんだよ?」
龍之介は思わず、頬を赤らめた。
だが、相談しに来ているのにそれを秘密にしては、相談する意味がない。
「あ〜……」
しばらく躊躇った後、龍之介は打ち明ける。
「声がね……」
がくうっ、と紘平はつんのめった。
含んだ意味は何とも艶っぽく、最近は多少マシになったとは思うが未だ瀬里奈相手に悪戦苦闘している紘平には、少し羨ましく感じられる。
「……何か噛ませたりして、口をつぐませたらどうだ?」
紘平の言葉に、龍之介は首を横に振った。
「一度失敗した」
「あぁそうかい」
すかさずツッこむのはさすが、大阪で訓練されてきた賜物だろう。
たぶん。
「世の中の人って、一体どうしてるんだろう……?」
テーブルに突っ伏す龍之介を見て、紘平は肩をすくめた。
「何だ、そんなに美弥を抱きたいのか?」
もともとが艶っぽい相談なので、紘平にはもはや遠慮がない。
「いや……美弥の希望もある」
龍之介もいったん恥を掻き捨てるともう、羞恥心なぞに構っていられない。
美弥の切実な声もあり、自身もそれを叶えてやりたいという思いとすけべ心とに突き動かされ、こうしているのである。