番外編 夕立-2
「いやだ? さっきは『あげる』と言ったろう」
飃は聞く耳持たず、わたしを担ぎ上げるとソファに下した。わたしのキャミソールをたくし上げ、舌で臍を弄る。
「ぁぅ……」電流が走ったような感覚に、体がひくつく。「飃……」
彼はすべるような動きで再び私に口づけをした。もう何を以てしてもおさめることができないほどに、体の芯が熱くなっていた。
「くれるか?」
こくんとうなずいた。
飃が私を導いて、自分の上に座らせた。ゆっくりとしたうごきで腰を沈める間、飃の手はいつくしむようにわたしの体を撫でていた。
繋がった喜びに体が震える。飃が、閉じた瞼の上からため息交じりの口づけをした。
自分が感じているという実感以上に、飃が感じているという事実にかき立てられる。
ぎこちなく腰を動かそうとする私を、飃の手が導き、時に押さえつける。焦らすように突かれて、胸が苦しい。背中に回した腕の中で、汗にまみれた裸体がなまめかしくうねる。
不意に外の雨音がすぐ近くで聞こえているような錯覚に襲われた。篠突く雨の中、びしょ濡れで愛を交わしているような気分になる。
「ああ……」
歓喜の時を待ちわびて、体が期待に震える。もっと深く、あなたが欲しい。心の中の叫びを、口づけに込める。すると、飃が思いに応えてくれた。
「ああ……っ!」
悦びが、全身を包んだ。波のように、何度も、何度も。
達した後も、わたしたちは動くのをやめなかった。この瞬間が永遠に続けばいい――声にならない声を上げて、強く飃を抱きしめる。彼もまた、ほんのわずかに震える腕で、わたしの全身を抱きすくめていた。
「さくら」飃の声は、少しかすれていた。「約束を守ろう」
「え……?」気だるい快感を手放したくなくて、小声で答える。
飃の指先がわたしの頬をそっと撫でた。「式を挙げよう。お前が望んだとおりに」
「うそ」思わずばっと身を起こす。
飃がくくっと笑った。「嘘などつくものか」
じゃあ、今日出かけてたのは、そういうこと……?
「人間の結婚には、大変な時間と手間がかかるのだな――それに、たくさんの『式』があることも聞いてきた。すべて、逃さず実現しよう」
「ほんと……?」胸がいっぱいになって、声がうまく出ない。
「結婚式も、金婚式も……生きている限りずっと、お前と喜びを分かち合いたい……そのための誓いなら、いくらでもたてよう」
飃はそういうと、私の鼻先に小さくキスをした。
「おまえもそうしてくれるか?」
「うん……!」
わたしは、こぼれそうになる涙をぬぐって、愛する人に口づけた。
飃とこうして抱き合っていると、喜びも、哀しみも、全てが奇跡だと思える。毎日、小さな奇跡を重ねて、人生は続いていくのだと。
失われたものは戻らない。けれど、積み重なった奇跡が――いつかは、何かを生むだろう。
夕立はいつの間にか止み、午後の陽光が、生まれ変わった街を金色に輝かせていた。
わたしの心を映したかのように。