赤い唇<前編>-10
「ちぇっ すっかり仕返しされちまった気分だな……」
天井を見上げ私の肩を抱いたまま、そんなことを呟く龍二さん。
私はそんな龍二さんの顔を見上げながら、いまだくすくすと笑っていた。
私の部屋、初めてのひとり暮らし。
少しでもゆったり寝られるようにとセミダブルにしたベッドに、
まさかこうして誰かと裸で抱き合う日が来るなんて思ってもいなかった。
「ってか、さすがお嬢様だな…… 部屋がいちいちでけぇ」
「そうですか?私は龍二さんの部屋くらいがちょうどよくて好きですよ」
「いや、さすがにあそこで二人は狭すぎるだろ……」
そう言うやハッとした様子で口元を隠す龍二さん。
思わぬ言葉に私もまた頬を赤らめてしまった。
なんだろ、どういう意味だったんだろう?
私は少し胸をどきどきさせながら、ひとり色んな妄想をしてしまった。
「……し、シャワーでも浴びるかっ てか、のんびり湯船に浸かりたいな」
「あ、じゃぁ私がっ た、溜めてきますね?」
まるで誤魔化すようなその言葉に、すぐさま私も乗っかる。
だってこれ以上沈黙が続くと、苦しくて息が出来なくなりそうだったから。
そもそも、こういう事をした後ってみんなどうしているのだろうか?
恋人同士ならまだなんとなくわかる。
甘いピロートークに酔いしれたりするんでしょ?
そうではなく、友達でも恋人でもない私たちのような関係の場合だ。
ドラマや漫画なんかだと、そそくさと服を着て部屋を出る男を真っ先に想像するけれど、
不思議と私は龍二さんのそういう姿を見たことはない。
気まずさや後ろめたさなんか一切感じさせず、むしろ、普段と変わりなく私に接してくれるのだ。
そんな時間が私はたまらなく好きだったりする。
「お風呂沸きましたよ?」
「ん、じゃぁ一緒にはいろうぜ」
「え、えぇっ!?一緒にですか?」
「なんだよ?どうせ風呂もバカでかいんだろうがっ」
「そ、そりゃ二人で入るくらいの広さはありますけど……」
そういう問題なんだろうか?いまさら恥ずかしがる私が変なんだろうか?
ゆっくりと肩まで浸かる龍二さんの前に、そっと背中をもたげる私。
夢みたいだ、それこそちょっとエッチなドラマのワンシーンみたいで照れくさい。
シャワーをかけ、互いの体を洗い合う二人。
どちらかと言うと一方的に私が洗われたような気もするけれど、
終始、夢見心地だったからかよくは覚えていない。
「何か飲みますか?」
「ん、水でいいや」
「あは、さすがに昼間っからビールは飲まないんですね?」
くすくすと私が笑うと、ほっとけと言わんばかりに龍二さんもまた鼻で笑う。
なんだろう、この穏やかな時間。
こんなにも幸せな時間を過ごしてしまったらバチがあたるんじゃないだろうか。
あまりに窮屈な日々を過ごしてきたせいか、楽しい時間が増えるとどこか不安になってしまう。
別に多くを望むことはしないのに。
ただひとつ、大切なものがあればそれだけでいいのに。
その瞬間、まるでそんな私の不安を煽るように、
突然、デーブルの上に置いてあった私の携帯がひときわ大きな音で鳴り響いた。