序章-8
初めて芽生えた母親への異常な感情。その兆候は伝一郎が気付くずっと以前、すなわち屋移りする前からあった。
「母さま、一緒に寝ていい?」
夜も更けて眠ろうとする菊代に、幼い伝一郎は近付く。
「いらっしゃい」
菊代は、当然のように布団を捲って息子を招き入れる。
「母さま、いい匂い」
伝一郎は時折、母親と共に眠るのを常としていた。
普通、小学生の男の子ともなれば一人で眠るものだが伝一郎は、虐めに遇ったその晩は必ずと言っていい程、母親の布団に潜り込み、慰めてもらう事で心の平静を保っていた。
菊代も、これでわが子の気持ちが晴れるのならと考え、何も言わなかった。
成長と共に親離れさせる機会を逸した事が、母子の関係に翳りを落とす一つの原因となっていた。
しかし、そんな悪習も屋移りを境に自然と消滅したかに思えたのが、
「ああっ、母さま!」
今夜も、風呂場から淫らな声が漏れている。厠の一件から十日余り、伝一郎は連日の如く母親を想い浮かべては、自慰を繰り返していた。
最初は自分の精液を見て怯えていた少年が、忘れた様に欲望のまま衝き進む。しかし、それは決して満たされ無い、満たされてはいけない禁忌である。
「ああ……また大きくなる」
幾ら自分で慰めようとも、菊代への歪な感情は消滅する物では無く、寧ろ大きくなるばかりであった。
付き纏う自己嫌悪と虚しさの中で、伝一郎は一つの結論を導き出した。
それは、とてつもない結論だった。
「母さま。久しぶりに一緒に寝てもいい?」
布団を敷いていた菊代は、わが子の言葉に、心臓を鷲掴みにされた思いがした。
久しく途絶えていた言葉だったからだ。
(何故、今になって……)
──あの日、伝一郎が見せた不可解さは、新たな虐めが関係してるのかも知れない。
菊代の中で再び、憐憫な心がこみ上げてきた。
「じ、じゃあ、今夜は一緒に寝ましょうね」
母子は一年ぶりに一つの布団で就寝する事となった。
菊代は、慈愛の心でわが子を招き入れたが、伝一郎の方は、安らぎを欲してはいなかった。
「そんなに寄っては、寝づらいでしょう」
「これがいい」
伝一郎は、横向きでぴったり身体を密着させると、寝衣の上から乳房に触った。
(どうしてしまったの……)
わが子の、これまでとは明らかに異なる行動は、菊代の不安を更なる深みへと導いて行く。
(ひょっとしたら、前より酷い虐めに遇ってるんじゃ……)
慰めてやれるのは母親である自分だけ──菊代は、好きにさせてあげようと考えた。
そんな母の愛を、伝一郎は別の意味に受け取った。
(気持ちいい……)
布越しの隆起物に触れた掌は緊張によって汗ばんでいる。柔らかな感触が、芽生えた情欲をさらに掻き立てる。