序章-6
「ただいま!」
「お帰りなさい」
屋移りして二週間程経ったある日、伝一郎が息を弾ませて学校から帰って来た。
「今日の晩ごはんなあに?」
「なんです、伝一郎。はしたない」
わが子の稚気なふるまいに、菊代は思わずたしなめた。伝一郎は、ちょっと身をすくませるが気を取り直して話題を変えた。
「そうだ!今度の日曜日。出かけてもいい?」
「えっ?出かけるって、貴方……」
「級友の慎之介くんが、是非、遊びにおいでって。いいでしょう」
わが子の言葉を聞いて、菊代は、驚きを隠せないと同時に嬉しさがこみ上げる。今まで級友に誘われた事など無かったからだ。
「勿論よ!行ってきなさい」
虐めも無く明るく振る舞う母親との生活で、伝一郎は徐々に元来の明るさを取り戻し、新しい学校生活に良い影響を与えていた。
母と子は、新たな幸せを噛みしめ、ずっと続いて欲しいと心から願っていた。
母子が、ようやく得た安住の地に馴染みだした頃、幸せに翳りが見え初める。伝一郎、小学六年生の初秋の事だった。
(母さま……)
傍で襦袢を取る母親の姿を、伝一郎は時折、鋭い視線を投げかけた。その燃えるような眼差しは、邪な輝きに満ちている。
「伝一郎、何をしているの?」
「い、いえ……」
そうしている内に菊代は、着物を脱がないわが子を不可解に思った。
成熟した女の肢体が伝一郎の方に向き直り、豊満な乳房が目の前へと近付く。
「ち、ちょっと腹が痛くて、後にする……」
伝一郎はそう言うと、逃げるように脱衣場を出て厠へと飛び込んだ。
(どうして……)
厠の中で伝一郎は袴を降ろした。見ると、自分の大事な部分が信じられぬ位に腫れ上がり、反り勃っていた。
今までにない事態に狼狽えが走る。
──小便でもこんなになった事無いのに、どうして母さまの裸を見ただけで胸の奥が締めつけられて、ここがこんなになるんだろう。
伝一郎は、そっと自分の陰茎に触れてみた。
「んっ!」
普段は皮に隠れた部分を握った時、疼痛に似た快感が伝一郎の脳天を衝き抜けた。
「ああ……母さま」
伝一郎は夢中になって自分の陰茎を擦った。初めての快感は彼の羞恥や自尊の心を殺ぎ落とし、“男”としての本能を目覚めさせた。
少年の脳裡に、先程見た母親の肢体が浮かびあがる。
「はぁ、はぁ……母さま」
ふくよかな乳房、括れた腰まわり、丸みをおびた尻、肉づきのよい太腿。
級友の女子では到底、感じ得ない艶やかさが、いつしか彼の心を蝕み、母親を性の対象として見るに至らしめていた。