序章-25
「伝一郎。此処にお座りなさい」
硬い気色と思い詰めた瞳が、普通では無いと物語る。伝一郎は即座に、何か不手際があったのだと思った。
「何をしてるのです。座りなさい」
優柔なわが子の態度に痺れを切らし、菊代は強い口調で促す。久しぶりに見る母親の威圧感に、伝一郎の心を縮込まらせる。
「伝一郎、心して聞きなさい」
全身から発する厳かな雰囲気と声音に、伝一郎は「とんでもなく叱られる」と覚悟し、頭を垂れて目を固く閉じた。
こうなっては仕方がない。叱られて時が過ぎるのをひたすら待とうと思った。
(…………?)
伝一郎は身を縮込ませて待ったが、叱責は一向に飛んで来ない。
「……か、母さま……?」
恐る々と目を開けた伝一郎は目を疑った。菊代は唇を噛んで涙を堪えていたのだ。
「か、母さま……」
菊代は声を震わせて、信じられない言葉を口にした。
「貴方は春から、帝国大学付属の寄宿学校に入学するのです」
「えっ?それは、どうして」
「今後は……ち、父親の……田沢伝衛門の息子にとして、生きて行くのです」
伝一郎は強い衝撃を受けた。突然、言い渡された別離。正に少年にとって、晴天の霹靂であった。
「ガラパゴス・ファミリー」序章 完