序章-15
「さあ、入りなさい」
「う、うん……」
部屋の中を目にした途端、伝一郎の胸は高鳴り、急速に口の中が渇くのが分かった──自分が自分でないような可笑しさ。
「此処に座りなさい」
菊代に促され、伝一郎は対面に正座した。
目の前に柔和な顔があった。寝衣が僅かに乱れ、胸元が覗いている。伝一郎は気恥ずかしさも手伝って、まともに見る事が出来無い──必然として長い沈黙が降りた。
「あの日からずっと、自分でしていましたね」
静寂を破ったのは菊代の方だった。それも単刀直入で、回りくどい言い回しは無い。
「……」
対して伝一郎は口を閉ざしたままだ。
かいがいしく尽くされた事によって、和解したとする考えが自惚れだと解り、ったのだ。
今は唯、分別を持って説教を受けるしか手立ては無い。
「すいません……我慢出来ませんでした」
素直に認めたわが子に、菊代は意外な事を言った。
「……今でも、母としたいと思っているのですか?」
「え?」
伝一郎は驚きを隠せ無い。額面通りに受け取って答えるべきか、迷う。
「例えば……一回だけ、私が相手をしてあげると言ったら」
「ほ、本当ですか!」
驚きの提案に思わず、伝一郎の声は上擦った。
「貴方も来年には中学生。この先、変な間違いを犯すよりは、予め女を知っていた方が良いと考えたのです」
菊代が口にしたのは、本心の半分だけである。状況はあくまで「わが子の行く末を憂いて」とする為の方便なのだ。
だが、伝一郎とってこの申し出は、願っても無い機会である事に違い無い。
「ぜ、是非ともお願いします!」
最初は“畜生にも劣る愚行”と忌み嫌っていた菊代が、何時しか自ら望んで禁忌の扉を開けたのだ。
──何をどうするのか解ら無い。だけど今夜だけは、自分の想いを母さまに知って貰える。
伝一郎は、引き裂きたい程の思いを堪えて、自らの寝衣を脱ごうとした。何時もは造作無い紐を解く作業が、焦れる気持ちによってもたつきが生じた。
「くそっ!」
まるで癇癪持ちの様な形相と振る舞いのわが子に、菊代はそっと手を差し述べた。
「女性と一緒の時に、そんな怖い顔をしてはいけません」
傍に寄り添い、紐に手をかけた。力任せに引っ張られた結び目は固く締まっている。
「しょうがないわねえ。こんなにして」
器用な手つきで紐を解くと、寝衣の合わせ目を開いた。
「こうして見ると、大きくなったわねえ」
明かりに照らされたわが子の身体は、まるで精巧な硝子細工のような繊細さの中に、男らしい筋肉の隆起が認められた。