序章-12
悪夢の出来事から一夜明け、翌朝になると、早速菊代は、伝一郎の躾を改め直した。
登校前には表庭の掃除させ、下校後は水汲みや焚き物割りと、家事に従事させた。
無論、それ他にも作法を厳しく教え込み、疎かだった家での勉強も半ば強制した。
それらは、従来の舐める様に甘やかした育成とは、対極を成す物だった。
そんな生活から十日が過ぎようとしていたが、
「はぁ、はぁ……」
伝一郎の自慰は治まる事が無かった。
就寝まで、寸暇の間も無い程に仕事を与えているにも拘わらず、夜になれば情欲の呻きが菊代の耳に届いた。
一度覚えた快感は母親の教えでも止む事は無く、少年を虜と成した。
「ああ……母さま」
伝一郎は暗闇の中、遠い存在となった母親を脳内で辱しめる事で、自らの欲望を掻き立てた。
「はあ!ああ!」
欲望と現実の溝を妄想によって補い、母親への歪な感情を更に高めていた。
(また……)
そんなわが子の異様さに、菊代は心を悩ませる。
(このままで、大丈夫なのかしら)
家事に従事していれば疲れて眠り、変な気を起こさないだろうと一計を案じたが、その後の刹那的な行動を見る限り、全く効果は認められ無い。
考えてみれば欲望を抑圧しているのだから、何処で反動が出ても可笑しく無い。
(だとしたら……)
欲望を抑え込めば、問題は解決するのか──菊代の中で、少し心が変化した。
「ふ……うん」
細い指が、寝衣の合わせ目から秘裂をまさぐる。隣から声が聞こえる度に身体が火照り、我慢出来なくなっていた。
「ひん……ああ……」
自由を奪われ、乳房をしゃぶられ、淫茎を押し付けられた──菊代は、わが子に受けた凌辱を脳内に甦らせながら、初めての自慰を試みた。
母と子が、互いを想い浮かべて自慰に耽る──ある意味、異様とも採れる生活が数日続いたある日、
「な、なんだ!?」
稀有な光景が、早朝の町道に現れた。
四頭立ての馬車。御者台には上等な洋服を着た従者。漆で彩られた豪華な客室。乗合馬車しか知らない人々にとっては、振り返らざるを得ない代物だった。
馬車はやがて、町外れの一軒家の前で止まった。
従者がうやうやしく客室の扉を開けると、中から白髪頭の男が現れた。
がっちりとした体つき。従者より更に上等の背広を颯爽と着こなし、垢抜けている。
「一時間程で戻る。しばらく、この辺りで待っておれ」
男は従者にそう伝え、周りの目を避ける様に足早に一軒家の門を潜った。
「あら?」
伝一郎を学校に送り出し、炊事、洗濯に取り掛かろうとした菊代は、馬の嘶きを聞いて不思議がる。
「なんで馬が?」
今は乗合馬車の通る時間帯では無い。ましてや、停車場は此処とは違う。気になった菊代が玄関を開けようとして、人の気配に気付いた。
「あ、あなた……」
開いた扉の向こうに、懐かしい顔があった。
「十年ぶりだ……菊代、探したぞ」
初老の男──田沢伝衛門は満面の笑みを湛え、感動に震える手で菊代の頬を優しく撫でた。