序章-11
(……でも、今からでも遅くない。私が強い気持ちで接して行けば、何れはまともな考えを持つはず)
厳しい学校生活を送れば、子供から青年へと成長するに従って、歪な感情も自然と矯正されるだろう──菊代は、一縷の望みを中学生活に託す事とした。
「さあ、明日も早いわ」
菊代は濡れた頬を拭いて瞼を閉じた。心の中の動揺が徐々に消え、平穏へと傾いて行く。
その時だ。
(ああ……)
戸板一枚に仕切られた向こう──つまり、わが子の眠る部屋から荒い息遣いが聞こえてきたのだ。
(まさか……)
菊代の中で、又しても動揺が走る。表情は硬く、目は空を泳ぐ──その声音が意味する物は一つだけだ。
(た、たった今、あれだけ叱ったのに……)
軽薄な行動が人を悲しませる──菊代には、どうすべきなのかを考える余裕は失せていた。
「くっ!」
両手で耳を塞ぎ、現実を逃避する。性欲を抑え切れずに自慰に耽っているのがわが子だと、信じたく無かった。
しかし、いくら耳を塞ごうとも呻き声が消える事は無い。段々と強くなる息遣いを、菊代はちゃんと認識していた。
(あの子……)
その時、菊代の脳裡に先程の出来事が浮かんだ。
抑え込まれた力強さ。押し付けて来る陰茎の硬さや熱を、身体は覚えている。
乳首を吸われた時、甘い疼痛が電流の様に全身を駆け抜けた事も。
(まさか……)
菊代の身体が熱くなる。寝返りを打った弾みで、秘裂が濡れているのが分かった。
(そんなこと……)
上部では禁忌だと忌み嫌いながら、根底ではわが子との目交いを求めている──菊代は急に自分が汚ならしい者に思えた。
「ああ!」
強い呻き声と共に、隣の部屋は静まった。伝一郎は、一応これで満足して眠るだろう。
しかし、菊代は眠る事が出来無い。火照った身体をもて余す様、深更になっても寝返りを打っていた。