真相-2
私はあの倉庫での出来事は、君賀緑……いや神埼美樹が私に近づく為の狂言だったことに気づいた。
仲間の劇団員に頼んで一芝居うったのだ。
演技派の連中だから芝居はお手のものだったに違いない。
けれど何故、あんなことをして私に近づいたのか?
もしかすると弟の神埼芳樹が私に助けられたことを知っていて姉に言ったのだろうか。
姉は弟の命の恩人に礼をしたくて体を……いや、いくらなんでもそれはやり過ぎだろう。
別に自分が助けられた訳でもないのに弟の恩人だからといって、芝居までしてそこまでするのか?
私は君賀緑という女優が何を考えていたのか分からなくなって来た。
私はもう一度DVDレンタル店に行った。
そして『蒼い影のセレナーデ』を借りて来た。
最初に綺麗な顔の青年が出て来た。
どうやらそれが主人公のようだ。ヒロインは現れない。
だがよく見て行くと、実はこの主人公は体が女性で心が男性の性同一性障害者だということが分かった。
この主人公が君賀緑なのだ。
それにしても男性的な仕草や喋り方・表情が実に本物の男性そっくりだ。
そして『作品を見る前に』というタイトルが出た。
監督らしい人が出て来て語りだした。
「最初のシーンを見てもらいましたが、女優君賀緑は性同一性障害の女性を演じるのに実際に彼女らに会って、その感じ方や考え方の全てを学んだそうです。
また実際に彼女達がしているように男装して、男として一般社会の中に飛び込んでみたそうです。
その結果、誰も彼女を女だとは見抜けなかったということです。
それだけの役作りをして彼女はこの作品に臨みました……」
説明が終わると本編が始まった。
体は女性として生まれたのに心は男性である主人公の苦悩が伝わり、思わず貰い泣きする場面もあった。
確かに男装して演技していると弟の芳樹に似ていた。
だが、映画では体が女性であることを強調する為に化粧をしていた。
つまり顔は女性顔なのだ。そこがあの神埼青年と違うところだ。
ストーリーが進んで行くと主人公が男のような体力をつけるために体を鍛える場面が出た。
私はそのときコーヒーを飲んでいたが、思わず零してしまった。
なぜなら腕立て伏せやスクワット、数々の筋トレが全部私が神埼青年に教えたものだったからだ。
青年は非常に優秀な生徒だったが、その上非常に優秀な教師でもあった訳だ。
なぜなら彼は私から習ったことをすべて姉の美樹に伝授していたからだ。
そして彼女が12式を演武して見せた時、その感は最大限に高まった。
何故なら全く私が彼に教えた通り、彼女は演武していたのだ。
私は映画を見終わったが、途中から筋書きや内容はどうでも良くなった。
完璧に弟の動きをコピーした女優君賀緑に感心した。
そしてそれを完璧に伝えた歌手の高殿登……つまり神埼芳樹に感動さえ覚えた。
私はあの神埼青年に会って何か色々聞きたいと思った。
何故姉が私に接近してきたのかとか……。
私は高殿登を検索した。
高殿登
一時児童劇団に入っていたが途中でやめ、高校時代イジメが原因で家に引きこもるようになった。
不登校が長く続いたので高校は中退した。
姉の応援で好きだった歌の道を歩むことになり、歌手としての地位を築いて行った。
あれれ……あの“僕様”は、年代を見るともうあの旅行のときは歌手として有名になっていたはずじゃないか?
じゃあ、プーじゃなかったんだ。
私は神埼青年の画像を捜した。
いったい姉と弟の2人共どれだけ人を担げば気がすむんだ!
弟の画像を見て私は驚いた。
誰だ、こいつは? そこに映っていたのは“僕様”ではない。
確かに君賀緑に目元が似ているが、あの神埼青年ではないのだ。
そして私は全てを悟った。
そうか。そうだったのか。
私が出会った神埼青年は弟の名前を語った君賀緑だったのだ。
旅行社には戸籍抄本を提出することがある。
そのときに弟の抄本を提出したのだ。
私が相部屋になった相手は男装した君賀緑だったのだ。
ちょうど『蒼い影のセレナーデ』の為の役作りの為、男性の振りをして旅行をしていたのだ。
私は見破ることができなかった。水木女史を口説いていたのも演技の為だったのか。
映画の男装は化粧をしていたが、あのときの神埼青年はスッピンだったし、それで気づくのが遅くなったのだ。
そうか彼女は私に助けられたことを知っていたのだ。
そして彼女なりにお礼をしたかったのだ。
私は、やっと全ての意味が分かった。
でも私は今日も倉庫番をしながら空手の型を演武している。
それが私の平穏な日常だからだ。
完