勝てない相手-8
ゆっくり顔を上げると、正面玄関の方から優真先輩がこちらに歩いてくる所だった。
「優真先輩……」
「電話しても出ないから探しちゃったよ。こんなとこにいたんだ」
鳴らなかった電話に、乱暴にバッグの中を探ってみるけど、目的のものが見当たらない。
どうやら家に電話を忘れてしまったらしい。
優真先輩があたしの目の前に来ると、陽介はそっと手を離した。
陽介はどんな顔をしているのか、怖くて振り返ることができない。
その一方で、優真先輩はまるで陽介の姿なんて目に入っていないように、いつもの笑顔をこちらに向けた。
「7時からって約束だったけど、待ちきれなくてさ。だからこのまま帰ろ」
「え、でもあたし着替えてこなきゃ……。それに電話も忘れてしまったみたいだし……」
そう言って、見つめた自分のカッコ。ノースリーブの淡いレモン色の膝上ワンピに、鍵編みの白い半袖カーディガン。
コンサバな服が多いあたし。ある程度のお店なら差し支えはないとは思うけど、背伸びするようなお店ならドレスコードなんてものがあるかもしれない。
優真先輩はあたしのカッコをチラリと見てからニッコリ笑った。
「今日予約したお店はカジュアルもOKだから大丈夫だよ。電話だってこのまま一緒にいるなら必要ないだろ」
「でも……、教科書も一旦置いて来たいし……」
「だったら、オレん家に置いていけばいい。今日は泊まれるんだろ?」
そう言って彼はパラリとあたしの髪の毛を耳にかけてきたもんだから、「ひゃっ」と小さな悲鳴をあげてしまった。
瞬時に赤面してしまったあたしを見て、眼鏡の奥から切れ長の瞳を弓のように曲げて微笑む優真先輩。
声色は優しいけれど、明らかにいつもと違う強引な口ぶり。
わざとそう言ったのは、恐らく陽介がすぐ後ろにいるから……?
優真先輩の相変わらず優しい笑顔が、かえって意地悪に見えた。
「とにかく早く帰ろう。早く二人っきりになりたい」
優真先輩はあたしの腕を掴むとグイッと自分の方に引き寄せた。
やっぱり、陽介のことを意識してる。
人前でこんな風に触れたりするのは苦手なはずなのに。
彼に連れ去られるように手を引かれたあたし。ふと後ろを振り返った時に見えた陽介の表情に、あたしは胸がこれ以上ないってくらいに張り裂けそうになってしまった。