勝てない相手-7
「お願いだから、もう陽介のこと諦めさせて……」
「メグ……」
涙でグシャグシャになった顔。詰まる声。そして、あたしはそれを小さな声で言うと、ふらつく足で扉の方に歩いていった。
黙ったままおでこの辺りに手をあてて、柔らかい前髪をグシャリと握って俯く陽介の姿が目に入る。
どうして、気持ちがないのにキスなんかしてきたんだろう。
別れたけれど、あたしとも身体だけの割り切った付き合いをしたかったのかな。
諦められないあたしの気持ちを知っているから、それを利用して、セフレにできると思っていたんだろうか。
自分のことを好きなら何でも言うことを聞いてくれると思って。
「……バカにしないでよ」
陽介が大好きだけど、プライドだってある。
あたしは最後にそんな捨て台詞を吐いてから、階段室の扉をキイッと開けた。
扉を開けた瞬間に雪崩れ込んできたエアコンの冷気と、学生達の雑踏。
フロアに出ると、一気に引き戻された日常的な空間に少しだけ安堵する。
すぐ隣の売店の中にかけてある時計を見ればちょうど4時限目が終わった所だった。
あたしは今日の講義は残っていないし、優真先輩との約束は夜の7時からだ。
だから、一旦あたしは自分のアパートに帰って、少しオシャレしていくつもりだった。
早く家に帰ろう。
陽介はあのまま階段室に立ち尽くしていたけれど、ここでもたついていたらまた顔を合わせてしまう。
涙で濡れた頬が、エアコンの冷気にあてられたので、それを拭って立ち去ろうとしたときに、背後から手首をガッと掴まれた。
この手の感触は振り返らずともわかる。あたしは下を向いたまま、声を振り絞った。
「陽介……、お願い、離して……」
「メグ、俺……」
ダメだ、ここで振り切らないと。あたしはいつまで経っても陽介のことを引きずってしまう。
彼への想いを断ち切る勢いで、陽介の手を振りほどこうとしたその時。
「恵」
と、あたしの名前を呼ぶ声が前方から聞こえてきた。