勝てない相手-6
「……てめえ……」
陽介が派手に舌打ちしてから出したその低い声に、身体が硬直する。
初めて見た、憎しみのこもった眼差し。
あたしの吐いた暴言がよほど気に障ったらしく、ギリッと奥歯が擦れる音が微かに聞こえ、あたしは自分の言ったことを少し悔やんだ。
咄嗟に思い出した、振られた日に頬を叩かれた痛み。
陽介があたしに手を上げたのはあの時一回だけだけど、初めて男に引っ叩かれたショックは忘れられない。
目の前の陽介の顔を見てると、怒りのパーセンテージは明らかに今の方が大きいから、飛んでくるのはあの時以上の痛みだろうか。
「ふざけんなよ……!」
……来る……!
頬に走る痛みを覚悟したあたしは目をキツく閉じて顔を背けた……が。
「んんっ!」
あたしを襲ったのは、頬に張られた痛みなんかじゃなく、唇に触れた柔らかさだった。
それも、今まで陽介があたしにたくさんしてきた優しいキスなんかじゃなく、もっと焦りを含んだ、余裕のない、荒々しいそれ。
でも、今までで一番激しく求められているような熱いキスだった。
咄嗟に脚の間が、失禁したのではというくらいハッキリ潤むのがわかった。
優真先輩とのセックスで何度も達した時よりも、身体の奥が疼き出す。
「んっ………」
無理矢理唇をこじ開けられ、あたしの舌は陽介のそれに絡めとられ。
押さえつけられていた手は、いつの間にか指と指がもつれるようにしっかり握り合っていた。
欲しくて欲しくて仕方なかった陽介の温もり。
なのに、なんでかやるせなさだけが込み上げてくる。
一方的に振られたのに、こうやって唇を重ねるだけで身体が簡単に疼く自分が情けなくて涙がポロリと溢れた。
あたしの鼻をすする音に気付いて、陽介がゆっくり唇を離す。
「……ズルいよ、陽介」
堰を切った涙はとめどなく溢れ、頬を熱く濡らした。
「メグ……」
「振ったんなら、こんな真似しないでよ! ただでさえ忘れたいのに忘れられなくて苦しんでるのに……。陽介、あたしのこと何だと思ってるの!?」
ハラハラ溢れる涙は次々と床に落ちて、薄暗い蛍光灯の光を小さく映し出して、あたしも陽介も、そのまま黙り込んでそれを見つめていた。