勝てない相手-13
そしてフワリと剥き出しの背中に温かい感触。
優真先輩の腕に包まれたあたしも、彼の背中に腕をまわしてワンワン泣き出していた。
そんなあたしの背中をポンポン叩く優真先輩は、あたしの耳元で囁くように口を開く。
「そうして、恵がいつかオレのこと思い出して少しだけ胸を痛めてくれたらって思う」
「……うん……うん……」
あたしは涙に塗れた顔で何度も頷く。
優真先輩の仕返し。これは彼なりのけじめなんだ。
それが伝わってくるから、あたしはただただ頷くことしかできない。
優真先輩は、少し考えるように黙り込んでから、あたしの顔を見つめ、フッと笑う。
「さ、だから恵は早くここから出て行って、行くべき所に行ってきな? いつまでもそんなカッコしてたらオレだっていい加減襲っちゃうよ」
「あ……」
今頃になって自分のカッコに気付いたあたしは、顔を赤くして俯いた。
慌ててベッドに戻り、しわが寄ったシーツの上で着替えを始める。
ワンピースを着て、半袖のカーディガンを羽織った所で、ずっとあたしに背を向けていた優真先輩は、タイミングよく話を切り出した。
「恵」
「はい……」
「オレ、短い間だったけど、この数日間は恵と二人で過ごせてホントに幸せだったよ。こんな幸せを手放すことになるってわかってたら、絶対裏切るような真似なんかしなかったのに。マジであの時のオレをぶん殴ってやりたいわ」
「先輩……」
「だから何度も言うけど、恵は後悔するような真似だけはしないでね。もう恵には逃げ道なんてない。どんな結果になっても彼氏の所に行くしかないんだから」
再び、涙が溢れてくる。
優真先輩は、あたしが逃げないで陽介と向き合ってほしいから、あんな仕返しをするって言ったんだ……。
崩れ落ちそうになる膝になんとか力を込め、ひんやりとしたフローリングの上に立ち上がる。
そして自分のバッグを胸に抱えて、チビチビ缶ビールを飲んでいる丸めた背中に向かって、深々と頭を下げた。
「優真先輩……本当にありがとうございました」
彼からの最後の言葉はなかった。
代わりに小さく挙げられた左手。それが、あたし達の終わりの合図。
あたしはもう一度小さく頭を下げてから、彼の部屋を後にした。
そして、彼の部屋のドアを開け玄関に向かう時に、背後でズッと優真先輩の鼻をすする音だけが、やけに耳に残っていた。