黒の他人<前編>-1
ピンポーン
ある雨の日の夜、時計は9時をまわりかけた頃。
突然、思いがけず部屋のチャイムが鳴り響いた。
来客なんて珍しいな?
そう思いながらドアを開けると、そこにはいつぞやの女──加奈の姿があった。
「……あんた確か」
濡れた傘を腕にかけ、俺の顔を見るや深々と頭を下げる加奈。
紺のリクルートスーツはクリーニングにでも出したのだろうか?
今日は淡い薄緑のスーツを着ていた。
「そ、そのっ この間は本当に失礼しましたっ」
そう言って恥ずかしそうに頬を染めながら、手に持つ袋を俺に差し出す。
「ん、なんだ?くれるのか?」
黙ってコクリと頷く加奈。
中をのぞくとそこには、新品のタオルと同じく新品のベッドシーツ。
「ああ、なるほどこの前の……」
俺は敢えてその先の言葉を慎んだ。
普通、行きずりの男の家にわざわざ舞い戻って来るか?
しかもご丁寧に汚したシーツの換えを持って来るなんて、
いくら自分の失態だからって、
放っておけばおそらく二度と会うこともなかろうに……
「……あがってくか?」
ビクリと肩を震わせながら、その場でもじもじと指を重ねる加奈。
そりゃあんな事があったんだ、躊躇うのはむしろ当然のことだろう。
俺はそっと指先で加奈の髪に触れてみた。
もちろん加奈は驚いた様子だが、うん、まんざらでもなさそうだ。
「安心しろよ?合意無しに襲いはしねぇよ」
合意無しに襲った俺が言える言葉だろうか?
むしろ合意があれば襲うぞと言ってるようにも聞こえかねない。
けれど加奈はその言葉に黙って頷いたかと思うと、消え入りそうなか細い声でこう返してきた。
「……お、おじゃまします」