黒の他人<前編>-6
もの凄く気まずい。
空気が重いってのは、まさにこういう時に使う言葉だろう。
しかしながら、やっちまったもんは仕方ない。
開き直るつもりはないけれど、建設的に考えなきゃな……そう、建設業のご令嬢なだけに。
すっかり錯乱気味の頭を回転させながら、俺は必死で言葉を探した。
箱入り娘、社長令嬢、見知らぬ男と酔った勢いの過ち──そして処女喪失。
これが他人事なら迷わず死刑になれと言い放つほか言葉が見あたらない。
「えっと、んんっ い、痛く無かったのか?」
結局、考えに考え抜いて出た言葉がこれ。
育ちの悪さが恨めしい。
「よ、酔ってたから…… あまり痛くは……感じ無かったれす」
「そ、そうか、はは、むしろ気持ちよさげだったもんな!」
「はぅっ…… す、すいません」
言葉のチョイスがほとほと最悪だな。
でも、考えてみればたしかに随分とよがってくれていたような気もする。
「いや、謝ることじゃねぇけどな…… はじめてであれほど感じるなんて珍しいと言うか……」
いちいち口を突く言葉にデリカシーの無さを感じる。
自分でもそう思うのだ、さぞ加奈は傷ついてしまっているだろう。
そう思いながらちらりと顔を覗き込むと──あろう事か加奈はスヤスヤと寝息を立てていた。
「っておいっ なに寝てやがんだっ!?」
「ふわぁっ ご、ごめんらさいっ」
なるほど、飲んだら眠くなる体質、いや、見たまんまお子様なんだな。
おそらくあの夜も泥酔ほどではなく、ただ酔っぱらって眠ってしまっていただけなのかもしれない。
俺は溜息をつきながら、そっと加奈の身体を両手で抱えた。
「ひゃっ!?ら、らんれすか?」
「暴れんな…… ベッドに運んでやるだけだよ」
そう言うと俺は、そっと加奈を持ち上げベッドへと横たわらせた。
「……明日は土曜日だから会社休みなんだろ?」
「は、はいっ」
「なら、酔いが覚めるまでそこで寝てろよ?」
「れ、れもっ」
「なんだよ?スーツが気になるなら脱いでもいいぞ?どうせ全部見ちゃってるんだしな」
俺がぶっきらぼうにそう言い放つと、加奈は困った様子でしばらく黙り込んでしまった。