黒の他人<前編>-5
その場を茶化して笑ってみるも、さて、どうしたものだろう。
まさかのお嬢様に手を出してしまった俺に明日はあるのか。
そんな事を考えながらあの夜の出来事を思い返していると、
ふと、俺の頭にある疑問が湧いた。
「うん?でも、あんた……そんな箱入りの割に、あっちの方は随分と長けてた気がするんだが」
なんともゲスなものの聞き方だ。育ちの悪さが滲み出ている。
加奈は俺の言葉に頬を染めるも、
まるでそれを誤魔化すように、またしてもコップに入ったビールを一気に飲み干していった。
「お、おいっ 無茶すんなよっ?」
「だ、大丈夫れす」
やばい、呂律が回らなくなってきてる。
「おかわり……」
「……え?」
「おかわりくらはいっ!?」
「い、いやっ とりあえず、もうその辺にしといた方が……」
ずずいと俺にコップを差し出す加奈。
すっかり目が座っている。
俺は溜息をつきながら仕方無くビールを注ごうとするも、
突然、加奈にそれを奪い取られたかと思うや、
息つく間も無くグビグビと一缶すべて飲み干されてしまった。
「おおいっ!? ホントに大丈夫なのかっ」
ケホケホと噎せ返る加奈を見て、慌てて横に座り背中をさする。
箱入りと言うからには酒なんてロクに飲んだ事なんて無いだろうに、
なんでまたこんな無茶するのか不思議でならない。
ふらふらと身体を揺らしながら、虚ろな目で俺を見つめる加奈。
するとまた突然、今度は目に大粒の涙を溜めては、ポロポロとそれをこぼしはじめた。
「ど、どうしたんだよ急に?」
「ぐすっ ひどいれす」
「……え?」
「はじめてらったのに…… そんな言い方するらんて…… ぐすっ ひろいっ」
俺はその言葉に耳を疑った。
はじめてってなんだ?
もしかしてあの日、ああいう事したのは生まれてこの方はじめての事だとでも言うのか。
そんな馬鹿なっ?だって全然そんな素振りなんてなかったじゃないか。
たしかに、考えてみればえらく締まりがよかった気がする。
それにいくら寝たふりをしていたとはいえ、あまりに無言すぎた態度もいま思えば不自然だ。
けれど、けれどそれだけではじめてだったなんて納得するには、あまりに無理がありすぎるだろう。
「えっと…… 少し落ち着こうぜ?」
「ぐすっ」
「はじめてってのは…… つまり処女だったって意味か?」
「……ん」
「って事はその、もしかしてもしかすると……胸触られたりキスされたのも?」
「……だ、だからっ れんぶはじめてらったのっ!」
その言葉を聞いて俺はまたしても血の気が引いた。
いくらなんでもさすがにそんな嘘はつかないだろう。
まさか酔っぱらっていたとは言え、二十歳のお嬢様の処女を奪っただなんて……どこのエロゲだよ。