黒の他人<前編>-4
「なんだこれ?ああ、○○建設ってあの有名な……」
加奈が見せてくれたのは、県内はもとより日本でも名の知れたとある建設会社のチラシ。
建設会社と聞くと○○組なんて名前が多くて、
その大半があっちの方々が関わっているようにも思えてしまうが、
この会社は珍しくクリーンな優良企業。
俺みたいなしがないプログラマでも知っているほどの有名な会社だ。
「この会社がどうしたんだ?もしかしてあんたここに勤めてるのか?」
加奈は首を横に振る。
「じゃぁ何?どうにも脈絡がなさ過ぎてよくわかんねぇんだが……」
「……ち、父の会社です」
「乳? おっぱいさんがどうした?」
「ち、父ですっ お父さんです!」
なんだか嫌な予感がした俺は、ゲスな下ネタでその場を濁してみた。
けれど、そのまま話を逃げ切れるわけも無く……
「待て待てっ ○○建設が父の会社って…… 親父さんが勤めてるって話じゃないよな?」
「は、はい、そうじゃなくて……」
「つまり…… もしかしてあんたこの会社の…… 社長令嬢ってヤツか!?」
黙ってコクリと頷く加奈。
同時に俺は酔いが覚めるほどに、ものすごい勢いで血の気が引く音が聞こえた。
「過保護なんです…… 学生時代は門限も厳しくて、友達と遊ぶことさえままならないくらいで」
「そ、そりゃ箱入りも箱入り、なかなかの重箱仕様だな……」
なるほど。なんとなく色々と合点がいった。
やけに上品に見えた振る舞いしかり、世間離れした言動はそういうわけだったのか。
良家のお嬢様、それも明らかに箱入り重箱仕様。
おそらく二十歳になるまで、目に入れても痛くないほど大切に育てられてきたのだろう。
俺はグビグビと喉を鳴らしながら二本目のビールを飲み干した。
ふとテーブルを見ると加奈のコップが空いている。
そんなお嬢様に酒なんか勧めて大丈夫なんだろうか?
そう思いなんとなく注ぐことに躊躇いを感じたけれど、そんなのもういまさらの話だ。
俺は意地悪く、わざとコップいっぱいにビールを注いでやると、
加奈は咄嗟に口をつけ、慌てた様子でズルズルとそれを啜っていった。
「あはは、はしたないぞお嬢様?」
「や、やめてくださいっ その呼び方……」
加奈は少し頬を膨らますと、恥ずかしそうに手で口を拭った。
おいおいハンカチはどうしたお嬢様?もう酔っちゃったのか?