黒の他人<前編>-3
「わ、私…… 二十歳になってその…… はじめて家を出ることが出来たんです」
突然、藪から棒に加奈が言葉を発した。
さすがにまだ酔ってはないだろうけど、相変わらず言ってる意味がよくわからない。
「はじめて家を出るって……どういう意味だよ?家出か?」
俺は手に持つビールを飲み干しながら加奈にそう尋ねた。
だってそうだろう?はじめて家を出たって……いったいどこのご令嬢だよ。
「す、すいませんっ えと、はじめて家を出たと言うのは、はじめて家を離れられたという意味で……」
「いや、ますますもって意味がわからんっ 家を離れるってなんだ?」
「え、えとっ それはつまり……」
「……ようするに独り立ちってヤツか?」
「は、はいっ それです! お、親元を離れられたと言ったほうがよかったですか?」
なんだか相変わらず調子狂うな。
たかが独り暮らしを説明するだけに、どうしてそんな回りくどい言い回しになるんだ?
いちいち育ちの違いを感じると言うか、どこか住む世界が違うように思えてしまう。
「ってか、二十歳で独り暮らしって……いまどきだと普通じゃねぇか?」
「は、はい…… 普通なら普通なんですが……」
「だからっ 普通なら普通って、日本語おかしいだろ?」
俺がそう言ってもう一缶ビールを開けると、
加奈もまたつられるようにコップのビールを飲み干す。
「す、すいませんっ そのっ つまり……」
すっかりしどろもどろになる加奈。
けれどその時、名案でも思い浮かんだのか、ガザゴソと鞄をあさりはじめたかと思うと、
中から一枚の紙切れを取りだし俺に差しだしてきた。