起きてるんだろ?-1
ある夏の日。コンビニで酒を買った俺が夜道を歩いていた時のこと。
人通りの少ない暗闇の中、古ぼけた電柱の片隅でうずくまったひとりの女に目が止まった。
紺のリクルートスーツに身を纏ったその女は見るからに新入社員。
飲めない酒を無理に飲まされたのだろうか?
女はすっかり泥酔した様子で、半笑いのまま電柱に腕をまわしている。
「おい?何してんだこんな所で?」
俺はその女の前に腰をおろすと、右手で軽くその頬をはたいてみた。
「んんっ まら大丈夫れすっ れんれん酔っれましぇんかりゃ」
そう言うも女は目を閉じたまま、機嫌よさげにへらへらと笑っている。
重傷だ。明らかに呂律が回っていない。
「ったく、この辺りはあんま治安よくねぇんだから…… 襲われねぇうちに早く帰れよ?」
「ちあん?大丈夫れすよぉ〜 こう見えてもわらしもう二十歳れすからっ」
脈絡無い返事。すでに何を言っているのかわからない。
経験上、こんな女に関わるとろくなことが無いのを俺はよく知っている。
君子危うきに近寄らず、俺は立ち上がり何事も無かったようにその場を立ち去ろうとするも……
「あれぇ?お姉ちゃんどうしたのさ、こんな所で座り込んじゃって?」
「ふに?ろうもしないれすよ?」
「あはは、すっかり酔っぱらってるみたいだねぇ?どれ、おじさん達と飲み直そうか?」
「ろみなおす?なにをなおすの?」
その矢先、女はさっそく酔っぱらった親父どもに絡まれていた。
酔っぱらいは酔っぱらいを呼ぶ。
どう見ても自分の娘くらいの年頃だろうに、いったい何を考えてんだか。
俺は大きな溜息をつきながら踵を返すと、生まれつきの低い声で親父どもにこう語りかけた。
「すいませんね、勘弁してもらえませんか?そいつ俺の連れなんですわ……」
ああん?と言った表情で親父どもは俺を睨み付ける。
けれど俺の風貌を見て驚いたのか、急にへらへら笑いながら逃げるように夜道へと消えていった。
悪かったよ、プロレスラーみたいな巨漢で。
好きでこんな体型に生まれたわけじゃないが、まあ、争いなくして解決出来るに越したことはないか。
「ったく、だから言わんこっちゃ無い」
「ふにゃ?ろみなおしは?」
「それ以上飲んでどうすんだよ?」
「らいじょうぶらのっ わらしもう二十歳れすからっ」
そう言って女は立ち上がると、ふらふらとどこかに向かって歩きはじめた。
見事なまでの千鳥足だ。
「お、おいっ 大丈夫なのかよ?」
「らいじょうぶれすっ こう見えてもわらしもう二十歳れすからっ」
それはさっきから何度も聞いている。そもそも意味がわからない。
「ったく、家はどこなんだよ?」
「んんっ えっと……あっち!」
「あっちってお前…… ホントにわかってんのか?」
きょろきょろと女は辺りを見渡したかと思うと、ふと、力無く倒れるようにその場にしゃがみ込んだ。
「お、おいっ どうした?こんなトコで座り込んでんじゃねぇよっ!」
「みゅ…… つかれたよぉ……」
「疲れたってあんた…… ロクに歩いてねぇじゃねぇか」
「…………おんぶしれっ?」
「あぁ?」
「らって!あんよ痛くて歩けないんらもんっ」
「…………」
ほらな。やっぱりろくなことにならない。
俺は仕方無くその女を背負うと、あっちこっちと指さすままに、見知らぬ女の家を一緒に探しはじめた。