性と性-2
夜明け近くのバスルームで互いの体を泡立たせて、これでもう女を愛した証拠は何も残されていないんだと思った。
二人して部屋に戻ると、そこに庭朋美の姿はなかった。ベッドの上もきちんと片付いている。
私たちはさっさと着替えを済ませると、本館のワイルドガーデンズの食堂へ向かった。お腹が鳴りそうだった。
夕べの雪はすっかり止んでいて、窓から差し込む朝日が真横から私たちを照らしていた。
「おはようございます」
明るい声で挨拶をくれたのは庭朋美だった。
エプロン姿の彼女は、昨夜の名残などまったく感じさせないほどに清楚で、あんなに火照っていた肌も白さを取り戻している。
「二人とも、朝食は何にします?」
「私はトースト。里緒はどうする?」
「和食にしようかな。白いご飯が食べたいから」
「かしこまりました。クラムチャウダーもおまけしておきますね」
庭朋美はキッチンへ消えた。彼女のまわりだけ空気が澄んでいる、そんな透明感が漂っていた。
こんな山奥に閉じ込めておくには勿体ないと思った。
その彼女が水の入ったグラスを持ってきた。私は意を決して、彼女に気持ちを打ち明けた。
「あのう、朋美さん」
「何でしょう?」
「機会があったら私たちのところにも遊びに来てください。由美子もそうして欲しいって」
私は夏目由美子に目配せした。その瞳が同意の輝きを湛えている。
「わかりました。シーズンオフのあいだは休暇も取れるし、都合がついたらまたメールで知らせます」
私はときめいていた。知り合った頃のノブナガさんに恋していた気持ちに嘘はなかった。
あれから色々あったけれど、自分が変われたのは彼女のおかげだと思った。
ありがとう。あなたに会えて良かった──。
*
年が明けて、春はまだかと思いを馳せていたとき、とても嬉しい便りが届いた。庭朋美からの年賀状だった。
年始の挨拶文の背景には、あのとき私たちがワイルドガーデンズを発つ前に撮った写真がプリントされていた。
三毛猫のマサムネを抱いた庭朋美が真ん中で、その両脇を私と夏目由美子が挟み、三日月型に目を細めて笑っている。
あそこでの出来事が目に浮かぶ。
早く夏目由美子にも知らせてあげたかった。
自分のライフパートナーに空白の時間が存在していたとしても、それをいたずらに詮索しようものなら、果たして警鐘は鳴らされるだろう。
知らないほうが幸せなことだってあるんだと思う。
そして私自身が知らないほうが幸せなこと。それは夏目由美子が私に近づいた真意にある。
彼女がまだ多感な少女だった頃の痴漢体験。その行為をくり返していた男の一人が、私の今の夫であるということだった。
つまり、彼の最愛の妻である私を寝取ることで、あのときの復讐を果たしたというわけだった。
そのことを彼女の口から告白されたのは、これからずっとあとのことになる。
何も知らない私は新しい下着を穿き、結婚指輪を仕舞い込んで、セックスしたい相手に会いに行く。
会えば体を求め、女の念にしたたかな火が灯る。
「由美子、また来ちゃった……」
「里緒、ぜんぶ脱いで、こっちに来て……」
*
おわり