淑女の花園-1
ドアノブが微動した。そして部屋の外にいる誰かが鍵を解除すると、ドアノブがまわった。
誰かが来る──。
私は反射的に毛布をたぐり寄せて、自分の体に巻きつけた。
細い隙間からドアの向こうの様子が窺える。息遣い、体温、感情さえも見えるようだった。
部屋に新しい風が吹き込んできた。そこに立っていたのはサンタクロースだった。
「まさか……あなたが千石寛……、ノブナガさんだったなんて……」
「また会えましたね、三月里緒さん。それともオリオンと呼んだほうがいいですか?」
ずいぶん遠まわりをしてきたけれど、今対峙している人物こそがほんとうのノブナガさんなのだろう。
さらにその人物は夏目由美子を横目で見て、親しそうにこう言った。
「もう終わったみたいね、ビアンカ」
「まだ途中だけど、さっきまで彼女と激しく愛し合っていました」
ビアンカ。夏目由美子のハンドルネームはビアンカ──。
交流サイトでオリオンにしつこくつきまとってきた、あの女の子が夏目由美子だった。
そして私の浮気相手であるノブナガは千石寛ではなく、その人物は……庭朋美だった。
夏目由美子は後ろ手にドアを閉めると、微妙な面持ちで鍵をかけた。あなたをもう誰にも渡さない、と目で語りかけてくるようだった。
仕組まれたことなのか、それとも偶然なのか、どちらにしても私自身が自らの意思でここへ足を運んだことは事実。
ノブナガ、ビアンカ、オリオン。三人それぞれの視線と思惑が点と線でつながり、冬の大三角形をつくりあげていた。
「三月さん。私は手加減しないから、心の準備はいい?」
庭朋美は涼しい声で言った。しかしその優しい口調の裏にある本能までは嗅ぎ分けることができない。
この人には逆らえない。そう思った。
「こういう世界があることを、三月さんにもわかって欲しかった。肩身の狭い思いはするけれど、私たちはこんなふうにしか生きていけないから」
庭朋美がそう言うと、「里緒は私のことを愛してくれたから、その素質を持ってるんだと思う」と夏目由美子がつづいた。
「素質って言われても、私にはわからない」
「そのうちにわかってくるよ」
夏目由美子の言葉に、庭朋美が同意の表情を見せる。そして二人のあいだで合図が交わされた。
「サンタクロースからのクリスマスプレゼントだよ」と夏目由美子がバッグを開ける。手に余るほどのバイブレーターが姿を見せた。
目に映るものがサディズムとなり、私のマゾヒズムを刺激していた。
私を挟んで二人もベッドに腰を落ち着ける。もったいぶるように庭朋美がバイブレーターをちらつかせる。そして語り出した。
「本館にいた梅澤由衣という女の子。それから別館の一室で凌辱されていた女の子。じつはどちらも私が救ってあげたんです。彼女たちは皆あの交流サイトの会員なんです。男性に幻滅した女性が、心と体の再生を願って集う場所。それがここなんです。『ノブナガの城』と呼ぶ人もいるようですけど、そんな大げさなものではないし、それに私自身も男性には幻滅しているんです」
庭朋美の視線の先に夏目由美子がいる。その彼女もこう告白した。
「私が初めてベッドの上で心を開けた人。それが庭朋美さんなの」
「私の主人は、ここのスキー場に遊びに来ていた女性と浮気して、数年前に出て行きました。それ以来私は男性が信用できなくなって、そのせいで変な性癖が身についてしまったんです」
飼い猫とのふしだらな関係のことを言っているのだと私は思った。
私も夏目由美子も何も言えなかった。他人の性癖をどうこう言える立場ではない。
「どうでもいい話なんだけど」と夏目由美子がムードを変えようと声を上げた。
「私のハンドルネーム、どうしてビアンカなのかわかる?」
「わかんない」
私は答えを求めた。
「だって私、レズビアンだから。ほら、ぜんぜん面白くないでしょう?」
彼女は白い歯を見せて笑っていた。