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警鐘
【その他 官能小説】

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ブラックアウト-2

 夕べの寝不足もあって、いつの間にか私は浅い眠りの中で夢を見ていた。
 真っ黒な人影があらわれて、その背後から逆光が降りそそいでいる。輪郭がぼんやりしていて誰だかわからない。
 やがてこちらに近づき、手を差し伸べてきた。大きな手だった。

「三月里緒さん、僕です。千石寛です。君を迎えに来たんだ。さあ、僕の手に掴まってごらん。二人でここから逃げ出そう」

「やっとあなたに会えた。もっとよく顔を見せてください。こんなにそばにいるのに、あなたがどんな顔をしているのかわからない。あなたを信じていいの?」

 私の問いに、彼からの返事はなかった。そして人影は暗闇となり、私の体を呑み込んで成長していく。視界ゼロの世界に置き去りにされた気分だった。
 もう一度、彼の名を叫ぼうと試みるけれど、まったく声にならなかった。

 そうして私は孤独になった。かけがえのない家族に嘘をつき、正体不明の男に会いに来てしまったことを悔やんだ。
 今度は家族の名を呼んでみたけれど、やはり叶わない。無意識のうちに温存させていた感情が、私の頬を濡らしていく。
 大切なものをなくしてしまった喪失感の中で自分を責めていたとき、どこからか私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「……さん。……みづきさん」

 深海の底からぶくぶくと気泡が上ってくるようなその声は、しだいにはっきりした声色に変わっていく。

「三月さん。大丈夫ですか?」

 私は目を覚ました。ドアの向こうで庭朋美の声がする。こつこつ、とノックの音も聞こえる。
 寝起きの髪に手ぐしを通しながら室内を見渡すと、ようやくその異変に気づいた。
 部屋の照明が消えていた。時計の長針と短針は、一時二十分を示している。窓の外が少し明るく感じたので、夜中の一時二十分でないことは確からしい。
 私はドアのそばまで歩み寄り、声の主を確認した。

「朋美さん……ですか?」

「私です。申し訳ないんですけど、大雪のせいで停電してしまったみたいなんです」

「停電?」

 ドアをゆっくり開けると、懐中電灯のほそい灯りが廊下に伸びていた。そこに彼女がいた。

「ほとんどの方が午前中で帰られたみたいで、幸い大事には至ってないんですけど、電話も通じない状態で。それに内線もだめになって、別館とも連絡がつかないんです」

「携帯電話はどうなんですか?」

 私が尋ねると、彼女は首の振りで否定した。私は自分の携帯電話で電波状況を確かめた。
 やはり圏外であることがわかり、ついでに新着メールが一通だけ届いていたこともわかった。私が眠っているあいだに送られてきたものだろう。

『遅くなりましたが、今着きました。もし本館のほうにいるのなら、今から別館に来てください』

 彼からだった。メールの着信時刻は、十三時八分。ついさっきということになる。
 これから彼に会えるというのに、私は不思議と落ち着いていた。さっき見た夢のせいかもしれないけれど、浮き浮きした気持ちは失せていた。

「私はこれから別館へ行かなくてはいけないので、三月さんはしばらくここで待機していてください」

 庭朋美の話によると、自家発電の切り替え作業をする必要があり、それができるのが別館だという。
 内線が使えないため、彼女自らが出向いて作業を行うことと、スタッフと宿泊客の安全確認をする意味もあった。

 別館には彼がいる。ほんとうに会うべきか、それとも密会を放棄するべきか。
 そういえば、と食堂の外から私を窺っていた人影のことを思い出した。あの気配が千石寛のものだとしたら、私は彼に監視されていたことになる。
 私をこんな場所に誘い出した目的は淫行のためか、それともお金が欲しいのか。そう考えるといよいよ犯罪の匂いが漂ってくる。
 性犯罪者の毒牙にまんまと犯されるつもりはない。しかし、知り合った頃のノブナガさんの印象が頭から離れず、私の中のオリオンが背中を押してくる。

「私も一緒に連れて行ってください。別館に彼がいるんです」

 喉から勝手に湧いた台詞だった。会わずに疑うより、会って確かめたい。そんな決心が私のハートをめらめらと燃やしていた。

「わかりました。それじゃあ、服を着替えたら別館のスクエアガーデンズへ向かいましょう」

 そう言った彼女の目を直視して、もう後戻りはできないなと覚悟を決めた。


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