交尾タイム-6
日が傾いて、冷たい風が街の通りに小さな木の葉の渦を作っていた。
「やっぱり暗くなってくると、一段と寒いね。」真雪が龍の腕にしがみついた。
龍は腕時計を見た。「そろそろ予約してた時刻だ。」
「え?もうそんな時間?」真雪も腕時計に目をやった。
中南米系多国籍料理の店『ユカタン』は、その出入り口の周りにモアイのレプリカやサボテンの鉢植えなどが置かれた、何かそこだけ違う世界のような雰囲気をたたえていた。
「変わったお店。ここ、食事するところだったんだね。」
「いつか真雪といっしょに来たいな、って思ってたんだ。」
「家族ではよく来るの?」
「父さんのお気に入りなんだ。母さんも辛いモノとか好きだし。」
「ミカさんもお気に入りなんだね。」
「特にあの人、ここでしか飲めない『ボエミア』っていうビールが大好物なんだよ。」
「へえ。」真雪は笑いながら龍の後について店内に入った。
龍は真雪のコートを脱がせ、ハンガーに掛けた。そして壁に取り付けてあった象のように長い鼻のついた変わった顔の彫刻のフックに吊した。
真雪はそのフックをまじまじと見た。「中南米、って感じの顔だね。」
「それは『トラロック』。アステカの水の神様だよ。」
「そうなんだ。よく知ってるね、龍。」
「前に父さんが訊いてた。店の人に。」
暗い店内の隅のテーブルに落ち着いた二人は、向かい合わずに横に並んで腰掛けた。龍は真雪の腰に手を回して自分に引き寄せた。真雪はほんのり顔を赤らめた。
まもなくホールスタッフが水の入ったグラスを運んできた。「いらっしゃいませ。」
夕食を終えた龍と真雪は繁華から少し離れた、川沿いの静かな通りを歩いていた。
「こんな夜に、高校生がこんな所を歩いてたらだめでしょ。」真雪が龍に顔を向けていたずらっぽく言った。
「心配いりません。僕には成人の保護者がいっしょですから。」龍はそう言って真雪の肩を抱き寄せた。「寒くない?」
「平気。食べたら温まった。それに龍にくっついてるともっと温かいよ。」
龍は嬉しそうに微笑んだ。
対岸に規則正しく並んで立っている街灯のオレンジ色の光が、川面に黄金色のジュエリーをばらまいたようにきらめいていた。
「ホテル、予約してくれてたんでしょ?」
「うん。もうすぐだよ。2ブロック先を右に折れたとこ。『メイプル・ホテル』。」
「泊まったことあるの?真雪。」
「高校生の時に一度だけ。家の改修工事やってた時に、家族で利用したよ。」
「そうなんだ。」
龍は不意に真雪の手をぎゅっと握りしめた。
「どうしたの?」真雪は龍の顔を見た。
「え?いや。」