交尾タイム-4
昼食の後、アーケードを抜けたところで真雪が言った。
「龍、『Haru』に寄っていい?」
「いいよ。もちろん。」
そのペットショップ『Haru』は『シンチョコ(Simpson's Chocolate House)』の近くのビルの一階にあった。入り口にはセントバーナード犬の大きな置物。その首には小さな洋酒樽。そこに『Welcome』とペイントされていた。
真雪は小さなチャイムがつり下げられ、薄い緑色の縁取りの施されたドアを開けた。「こんにちは。」
「まあ!真雪ちゃん。いらっしゃい。」
初老の小柄な女性が真雪と龍を出迎えた。「龍くんもいっしょなのね。今日はデート?」
「は、はい。」龍は頭を掻いた。
「これ、スタッフの皆さんで召し上がってください。」真雪はシンチョコのアソートチョコレートの箱を、その物腰の柔らかな店長に差しだした。
「あらあら、いつもありがとうね。」店長の晴枝はそれを微笑みながら受け取ると、二人を奥の部屋へと促した。
スタッフルームに通された二人の前に紅茶のカップが置かれた。
「よく来てくれたわね。どう?学校は。もうすぐ卒業だけど。」
「はい。資格もいろいろ取ることができて、お役に立てそうです。」
「そう。それは良かった。私も貴女のような人がこの店のスタッフの一員になってくれると、とっても助かるわ。心おきなく隠居できるってものだわ。」
真雪は4月から、行きつけのこのペットショップへの就職がすでに決まっていた。
「龍くんは、どう?もうすぐ高校二年生ね。」
「はい。なかなか楽しい毎日です。」
「写真の勉強してるんでしょ?」
「部活ですけどね。」
「龍くん、もう写真はプロ並みなんじゃない?お客様もみんな褒めて行かれるのよ。才能あるのよね、きっと。」晴枝は壁の写真に目を向けた。
このショップで売りに出されている犬や猫、うさぎなどの写真は、龍が撮らせてもらっていた。それは店のパンフレットや店内装飾に利用されていた。
「貴男の写真、この店にいる子たちのかわいらしい表情をとってもうまく写してくれてて、私、いつも感心してるわ。ありがとう。」
「い、いえ、まだまだ半人前です。」龍は照れて頭を掻いた。
「晴枝店長、ポメラちゃんのごはん、そろそろ、」一人の若い女性スタッフが部屋のドアを開けて顔をのぞかせた。「あっ!真雪さん!」
「こんにちは、香織ちゃん。相変わらず元気いいね。」
「海棠くんとデートなんだー。いいなー。」
「こ、こんにちは。」龍は緊張したように香織を見て微笑んだ。
「香織ちゃんって、龍くんの同級生だったわね?」晴枝が言った。
「そうです。」
「え、えらいよね、香織さん。」龍が言った。「休みなのに、アルバイトずっとやってるんでしょ?」
「土日は稼ぎ時だからね。」香織は龍に茶目っ気たっぷりのウィンクをした。
香織は母親を早くに亡くし、父親と二人で暮らしていた。龍と同じ高校に通っているが、こうして休みの日は家計を助けるために、このショップでアルバイトをしていたのだった。
「大変だね。香織さん。」龍がぽつりと言った。
「あたし、動物好きだし。苦にはなってないよ。店長も親切だからね。」香織は愛らしい顔で微笑んだ。
真雪がソファから立ち上がった。「ポメラちゃんのごはん、あたしがあげていいですか?店長。」
「もちろんよ。」
真雪は部屋を出て、香織といっしょにペットのレストルームに向かった。