交尾タイム-3
店の駐車場に立っているプラタナスは、すっかり葉を落とし、その根本の土には白い霜柱が立っていた。
龍はその木の枝を見上げた。「もうすぐ新しい芽が吹き始めるんだよな。寒い冬を堪え忍んで・・・。」
その時、店のドアに取り付けられた小さなベルを派手に鳴らして、真雪が飛び出してきた。
「龍っ!」
黒いタイツの上にデニムのショートパンツを穿き、ショートブーツを履いて白いピーコートを羽織った彼女は、満面の笑顔で龍に駆け寄り、抱きついた。
「真雪。」龍も彼女の身体を抱きとめ、背中に回した腕に力を込めて、耳元で囁いた。「今日もかわいいね。」
「ほんとに?ありがとう。」真雪はまた笑った。
「今日はすごく冷えるね。もうすぐ春とは思えない。寒くないの?そんな格好で。」龍は真雪の脚を見ながら言った。
「どこ見てるの?龍のエッチ。」
「だ、だって、そんな短いショートパンツ・・・。」
「タイツ穿いてるから大丈夫。とっても温かいんだよ。龍にも買ってあげようか?」
「いや、遠慮しとく。」
町の繁華街のど真ん中にあるチョコレート専門店『Simpson's Chocolate House』が真雪の家だった。
彼女の父親ケネス・シンプソンは、その父アルバートの代から続いているこの店のオーナーである。ケネスの妻、つまり真雪の母マユミは、龍の父親のケンジと双子の兄妹の関係。
真雪自身にも双子の兄、健太郎がいた。彼も現在ショコラティエの修行中で、菓子作りの専門学校に通っている。
店のドアからケネスが顔を出した。「ええなー、デート。」
「ケニーおじさん。」龍が笑顔で応えた。
「楽しんでくるんやで。」
「うん。ありがとう、パパ。」
「帰りは明日なんやろ?」
「そ、そうだね・・・。」真雪が赤くなって答えた。
「夜もベッドでぎょうさん楽しむんやで、真雪。」
「ちょっとパパ、恥ずかしくなるようなこと言わないで・・・。」
「龍、真雪をちゃんと満足させへんかったら、承知せえへんぞ。」
「いや、おじさん、露骨だから・・・。」龍も赤面した。
「ゴム、持っとるか?龍。」
「も、持ってるよ。心配しないで。」
「一個や二個じゃ足れへんやろ。一箱は用意しとかなあかんのとちゃうか?」
「もう!パパ引っ込んでてよ。」真雪が叫んだ。「行こ、龍。」そして龍の腕を取って歩き出した。
土曜日の賑やかな街の舗道を歩きながら、真雪は手に持っていたタータンチェックのマフラーを龍の首にふわりと巻いた。
「え?あ、ありがとう。でもこれ、真雪のでしょ?」そのマフラーは柔らかで甘い真雪の香りがした。
「あたしは大丈夫。このコートとっても温かいんだ。」
「初めて見る気がする。そんなコート、持ってたっけ?」
「これ、ママのなの。」
「え?マユミ叔母さんの?」
「そ。高校生の時に使ってたんだって。」
「物持ちいいね。叔母さん。」
「冬のデートの時は必ずこれを着てたんだってよ。」
「え?デートって、うちの父さんとの?」
「そう。」
真雪の母マユミと龍の父ケンジは、双子の兄妹でありながら、高校時代は秘密の恋人同士だった。二人はその頃、夜になるとどちらかの部屋でチョコレートとコーヒーを楽しみ、なだれ込むように身体を求め合い、そのまま一つのベッドで朝まで眠る、という日々を送っていたのだった。
「父さんたちも、よくデートしてたのかな。」
「そりゃあ、恋人同士だもん。」
「で、でも、高校生の兄妹でしょ?端から見たら、異様だよ。」
「ママは平気でケンジおじと腕組んで歩いてたんだってよ。」
真雪は龍の腕に自分の腕を絡めた。
「マユミ叔母さんって、大胆だったんだね。」
「ケンジおじは、その時きっと照れて赤くなってたんだろうね。」真雪は妙に嬉しそうに言った。