あの頃出来なかったこと-6
「オレは、それでも構わないよ」
込み上げてきた涙を拭っていると、肩越しにそんな言葉が聞こえてきて、あたしはビックリして優真先輩を見た。
優真先輩はゆっくりこちらを見て、フッと笑う。
「それだけ好きな相手、簡単に忘れられたら苦労はないよな。……でもさ、いつかは忘れるつもりなんだろ?」
さっきの陽介とくるみさんが並んでいる姿が勝手に浮かんでくる。
誰が見てもお似合いな美男美女。めんどくさがりな陽介の性格を全て理解しているくるみさん。そんな彼女を相性のいい身体だという陽介。
セフレという不確かな関係でも、付き合っていた女の子達よりずっと長い付き合いだった二人。
だから陽介はあたしを振って、くるみさんと会っていて。
……最初からあの娘に勝てるわけがなかったんだ。
やっと現実を受け入れ始めたあたしは、自嘲気味に小さく笑った。
悔しい。悔しい。悔しい……!
笑ったつもりで歪めた口から漏れたのは収まりかけた嗚咽。
際限無く溢れてくる涙は、フローリングをポツリと汚す。
そんなあたしをチラリと一瞥してから優真先輩はそっと頭を撫でてくれた。
「もし、恵が忘れるためにほんの少しでもオレを必要としてくれるなら、全力で忘れさせてやる。恵、オレを利用していいよ。それであの時のこと償えるならいくらでも踏み台になる」
その言葉にゆっくり顔を上げると、彼は本当に優しい笑みをこちらに向けていた。
「優真先輩……何でそこまで言ってくれるの……?」
「……好きだからだよ。恵がオレに気持ちがなくても、そばにいれるなら、オレは恵のそばにいたい」
優真先輩はあたしの涙を親指でそっと拭った。
「先輩……」
その間もずっと視線は互いの瞳の奥を見つめていた。
そっとあたしに触れてる手に自分の手を絡ませてみる。
温かくて、大きな手。
大好きだった気持ちがふと甦って、あたしは握った手に力を込めた。
おそらく、それが合図だったんだと思う。
やがて、優真先輩の瞳の中に映っていたあたしの姿が瞼の奥に隠れた時、
――あたしと優真先輩は唇を重ねていた。