あの頃出来なかったこと-5
「せ、先輩……! ちょっと待って……!」
「なあ、あの時言えなかった気持ち、ちゃんと言わせて」
裸の胸から伝わる心臓の脈打つ速さ。少し汗ばんだ肌。それらが優真先輩の気持ちがいかに真剣であるかを物語っていた。
彼は、あたしの肩をグッと掴むとそのまま少し顔を傾けて近づいてきた。
「だ、だめです……って」
優真先輩の胸に手の平を押し当てて精一杯突っぱねて見せるけど、やっぱり所詮は女の力。
あたしはそのままフローリングに押し倒される形になってしまった。
フワリと床に広がる髪を梳くように優真先輩の指が入り込んでしっかり後頭部を支えられる。
その一方でしっかり絡めとられた左手。
身動きが取れないあたしにいよいよ彼の唇が近づいてきた。
「ひゃっ……先輩……やめ……」
あたしは怯えるように目をキツく閉じた、けど。
……ん?
一向に動きのない様子にうっすら目を上げると、優真先輩の寂しそうに笑う顔があった。
この表情、まだ付き合っていた頃に何度も見たことがある。
いい雰囲気になって、優真先輩の指がそっとあたしの身体に延びてくると決まって拒絶してしまうあたしに向けるその顔とおんなじだった。
「……ごめんな。また自分の気持ちを押し付けてしまったな」
ゆっくり身体を起こした彼は、そのままベッドを背もたれにして天井を仰いだ。
そんな様子を見ていたら、胸がズキッと痛んでしまう。
申し訳なくなりながら、あたしも身体を起こして肩をすくめつつ優真先輩の顔を見上げた。
「やっぱりオレじゃダメ? 昔のことはどうしても許せない?」
「いえ……そういうわけじゃなくて……。ただあたしはまだ陽介のことが……」
そう。やっぱりあたしは悔しいけどまだ陽介のことがこんなにも好きで、忘れたいのにアイツの笑った顔やあたしの名前を呼ぶ声、そしてあたしに刻みつけられた身体の温もりが昨日のことみたいに思い出されてくる。
陽介のことを考えると反射的に出てくる涙に呆れつつ、あたしはグリグリ目を擦った。