あの頃出来なかったこと-4
そんなあたしの様子に気付かない彼は、相変わらずこちらに背を向けたまま。
でも、一向に替えのTシャツに袖を通そうとしない優真先輩に首を傾げていると、少し俯き加減の背中からポツリと小さな声が聞こえてきた。
「……恵」
「ん?」
「もし、今オレがやり直そうって言ったら、やっぱり迷惑か?」
「……え?」
優真先輩はそこまで言うと、ゆっくりこちらを振り返った。
着替えるために外した眼鏡はクローゼットに備え付けの小さな棚の上にポツンと置かれている。
久し振りに見た優真先輩の眼鏡を外したその顔と、筋肉で割れているお腹と、空耳みたいなさっきの言葉に、あたしの顔は火がついたみたいに熱くなった。
「こないだは、恵のこと完璧に諦めたって言ってたくせに何言ってんだって思うよな。でも、ホントに恵のことは自分の中で過去のものになってたんだ。
だけど、こないだ恵と話ができて笑いかけてくれたことがすごく嬉しくてさ。あれからまた恵のこと考える時間が増えてきたんだ」
再びこちらに歩いてくる優真先輩は、あたしの隣に座ってまっすぐこちらを見つめてきた。
慌てて視線を逸らして俯く。
切れ長の涼しげな瞳。薄い唇。スッと通った鼻筋。
普段はあまり目立たない優真先輩だけど、実は結構いい線いってるんだ。
隠れイケメンな所が好きだったなあ、なんて思い出すと、余計に意識してしまう。
ひゃあ、こんなんで顔なんて見て話せないや。
ひたすら下を向いていると、
「恵」
と、あたしの名前を頭上で呼ばれた。
オズオズと顔を上げると、そこには真剣な眼差し。
そしてその眼差しの主はあたしの顔に手を伸ばし、ゆっくり頬に触れてきた。
その瞬間、あたしの身体は電気を流されたみたいにピクンと小さく跳ねてしまう。
さらに頬に伸びた手は、そのままあたしの耳たぶを優しくなぞり始めた。
「オレ、こないだ言ったよね? 自分の気持ちを伝えないと後悔するって」
「は、はい……」
「オレ、もう後悔なんてしたくない。恵が傷ついてる時にこんなこと言うなんてズルいかもしれないけど……。
――やっぱりオレは恵が好きだ」
優真先輩はそこまで言ったかと思うと、耳を弄んでいた手を背中にまわしてあたしの身体を強く抱き締めた。