あの頃出来なかったこと-3
――よく頑張ったな。
その言葉が帰ろうとしていたあたしの動きを止めた。
「優……真先輩……」
唇を震わせながら名前を呼ぶと、彼は小さく頷いてからあたしの肩をグッと抱き寄せた。
力強く、温かく。
「恵、無理しないでいい。思いっきり泣きな? ちゃんとそばにいるから」
静かに言ったその言葉は、辛くて死にそうだったあたしの心の中にスッと入り込んできた。
優真先輩の優しさはあたしの涙腺を崩壊させ、今まで鬱積していたあらゆる感情の波を一気に引き寄せてくる。
「……っく……」
そして、気付いたらあたしは優真先輩の胸で子供のように泣きじゃくっていた。
「先輩……! あたし……やっぱり振られちゃった……! こんな夜遅くなのに、陽介の部屋にくるみさんがいて……二人は部屋着で……」
「そうか……」
「あたしがどれだけ陽介を好きでも、陽介の心の中には、もうあたしはいないんです……。あんなにいつも一緒にいたのにぃ……!!」
そこまで言うと堪えていた想いが全て弾けてしまったかのように、あたしは泣き叫んでいた。
優真先輩は、そんなあたしの頭をそっと撫でながら、もう片方の手であたしの背中をポンポン叩き続けてくれた。
あたしが一頻り泣きわめいて、なんとか落ち着くまでどれくらい時間がかかっただろう。
優真先輩の胸から顔を離すと、彼の服はあたしの涙でびっしょり濡れていた。
「落ち着いた?」
隣でフッと笑顔を見せる優真先輩に、あたしは少し気まずい思いで、目を擦りながらコクンと頷いた。
「……すいません、Tシャツ汚しちゃって……」
「ああ、そんなの気にしないで。着替えりゃいいんだし」
そう言って立ち上がった彼は、クローゼットを開けると中から白いTシャツを取り出した。
そして、何も言わずにいきなり着ていた服を脱ぎ出したから、あたしは目を見開いて固まってしまった。
「あ、ごめん。見苦しかったよな」
優真先輩は小さく笑うと、くるりとあたしに背を向けた。
筋肉でデコボコした大きな背中。細身だと思っていた彼の身体が意外とたくましかったことに初めて気付いて思わず赤面してしまう。