タイムカプセル-1
――いい? 十年後、またここを掘り起こしにこようね。
母さんはにっこり笑ってそう言った。
桜が葉桜になりかけた頃、僕は母さんと、庭の桜の木の下にタイムカプセルを埋めることにした。
僕とお母さんの分と二つ、クッキーの入っていた丸い缶を用意した。
中に何を入れるのかはお互い秘密だ。
僕は、当時大切にしていたアニメのシールや、好きだった女の子からもらったビー玉、お父さんからもらった新幹線の絵が描かれた腕時計なんかを入れておいた。
その他にもう一つ。
これはお母さんと決めた、お互いが共通して入れる宝物。
それは十年後のお互いにあてた手紙。
僕は母さんにあてた手紙を彼女に渡し、母さんは僕にあてた手紙を僕に渡し、それぞれのタイムカプセルに入れて、布のガムテープでしっかり封をした。
そうして、僕らのタイムカプセルは完成した。
母さんは、シャベルで穴を掘って僕達のタイムカプセルを仲良く並べて埋めてくれた。
タイムカプセルが埋まった所だけ土の色が濃くなっていた。
その違う色した土の上に、しなびた桜の花びらがヒラヒラと風に吹かれて、ぺたりとくっついていた、そんな光景が目を閉じると今でも昨日のことのように思い出される。
十年後、これを掘り起こす時には僕は二十歳になっていて、お母さんは四十八歳になっているはずだ。
――十年後の今日になるまで、絶対掘り起こしたらダメよ。これは約束だからね。
母さんがイタズラっぽくウインクしていたのが印象的だった。
最初は掘り起こさずに我慢できるか自信がなかった。
母さんが僕にどんな手紙を書いたのかだけがひたすら気になった。
何度か掘り起こそうと、こっそりシャベルを持って桜の木に近づくけれど、そのたびに母さんは“ダメよ”とクスクス笑いながら僕を制した。
何度か注意されるうちに、僕はタイムカプセルを埋めたことすら忘れてしまっていた。
タイムカプセルを埋める前は、埋めたことを忘れるんじゃないか不安で仕方なかったけど、母さんが“お母さんが覚えているから大丈夫”と、胸を叩いてくれた。
僕にとって母さんは完全無欠のヒーローみたいな存在だったから、その言葉に安心し、当然のようにタイムカプセルの存在を忘れることができたのかもしれない。