タイムカプセル-9
「……ありがとうだけじゃ何を指しているのかわからねえよ」
僕は冷たいフローリングにヘナヘナと崩れ落ちた。
母さんが以前サイドボードを移動させる際につけてしまった傷が目に入った。
僕が手を貸してやれば、こんな傷つけなくて済んだのにな。
母さんの手伝いなんてまともにしなかった僕は、ありがとうなんて言われる覚えがないのだ。
「全部だよ」
突然、父さんが新聞をテーブルに置いて、僕を見つめた。
少し涙で潤んでいた。
「タイムカプセルに入っていた手紙の内容や、お前が病室のカーテンの陰でこっそり泣いていたことや、お前と過ごしてきたこれまでの時間や、お前が生まれて来てくれたこと、全てに対してだよ」
「…………」
「母さんは、もっとお前が成長するのを見ていたかったってずっと泣いていた。
もっと一緒にいたかったって、悔やんでた」
「そんなの……俺が全部悪いんじゃないか。
散々反抗して、口きかなかったし家に寄りつかなくなったし……」
もはや滂沱のごとく溢れる涙はフローリングに水たまりを作る勢いだった。
すると、父さんは黙って首を横に振った。
「いくらクソ生意気で可愛くない息子でも、親にしてみれば宝物なんだ。
母さんのタイムカプセルにはお前からの手紙以外に宝物なんて入ってなかった。
それぐらいしか入れる物もなかったし、それで充分だったんだよ。
あとは一緒にタイムカプセル掘り起こせるのを楽しみにしてたんだけど……」
「…………」
「自分だけ先に掘り起こすのが申し訳なくて、本当は“ありがとう”の続きに“ごめんね”と書きたかったらしいんだけど、もうペンを握る力すらなくて……」
父さんは、そこまで言って右手で瞼を覆い隠した。
「……俺の書いた手紙は、喜んでくれてた?」
「嬉しそうに読んでたよ。
あの時は、久しぶりに母さんの笑顔を見れたな。
ただ、“一緒にお酒飲もうね”って文を見たときだけは、目を真っ赤にさせていたけどな。」
僕も母さんと似たようなことを書いていたのか。
やっぱり親子だなあと、泣きながら僕は少しだけ笑った。