タイムカプセル-8
「……親父、親父!」
僕は、リビングのソファーにゆったり座って優雅にお茶を啜る父さんの背中に向けて、大きな声を投げかけた。
「どうした、騒がしい」
新聞を読んでいた父さんは、長細いローテーブルの上に湯のみ茶碗をそっと置いてから、ゆっくりこちらを見た。
僕を見た父さんの顔は、驚いたように目を大きく開けた。
当然だ、いきなり息子が顔を泥まみれにして、なおかつ涙と鼻水でグシャグシャにしているのだから。
僕は、
「これ」
とだけ言って、母さんからの手紙を父さんの目の前に差し出した。
「ああ」
父さんはそれだけ言って、手紙から目を逸らした。
「あの外泊許可が下りた時か?」
「そうだ」
「だから、俺にあんなどうでもいい買い物押し付けたのか」
「そうだ」
普段から寡黙な父さんはそれだけ言うと、また新聞を読むふりをして顔を隠した。
外泊許可が下りたあの日、僕が長々と買い物をしてる間、母さんは父さんにお願いしてあのタイムカプセルを掘り起こしてもらったんだ。
なぜ母さんがフライングして一足早く自分だけ掘り起こしたのか、その答えは簡単だ。
母さんは自分の体の限界を知っていたからだ。
この葉桜の季節まで自分がもたないことを知っていたから、最後のチャンスとなる自宅に帰れた日を狙っていたのだろう。
僕の手の中には、新しく書かれた母さんの手紙が握られていた。
いや、手紙なんて呼べる代物じゃない。
B5サイズより一回り小さい普段使いのメモ用紙に、一面に書かれた文字は、幼稚園児よりも下手くそな字だった。
いつもの母さんなら、まるで習字のお手本のような綺麗な字を書くのに、そこに書かれていたのは、ミミズがのた打ちまわっているようなバランスの悪い字だった。
おそらく震えた手でやっと書かれた文字は、“ありがとう”の五文字だけを書いていた。
字が異常にブレて見えるのは、母さんの手紙がそう書かれているのか、僕の目が揺れているのか、もうわからなかった。