タイムカプセル-2
そんな母さんと仲良しだった僕も大きくなるにつれ、それなりに反抗期や思春期を迎えるようになった。
友達のこと、女の子のこと、将来に対する不安、両親の干渉に対する煩わしさなんかと日々戦いながら、大きくなった。
中でも親という存在がひときわうっとおしく感じるようになり、僕は母さんや父さんに散々暴言を吐いたり、無視したり、とにかく逆らってばかりだった。
さらにはちょっと悪い友達とつるんだり、煙草に手を出してみたり、かっこつけてお酒を飲んでみたり、女の子と夜遅くまで遊んだりして、散々母さんを心配させた。
父さんは帰りがいつも遅かったから、母さんの相談相手にもならなかった。
完全無欠のヒーローだった母さんは、いつの間にか小さく痩せっぽっちになっていた。
たまに一人で淋しそうに手酌で瓶ビールを飲んでいる母さんの姿を見て、罪悪感がこみ上げてくることもあった。
でも、そんな時に浮かぶのは“どこの家でもそんなもんだよ”という悪友の言葉ばかりで、その魔法の言葉がこみ上げてくる罪悪感をかき消してくれた。
そうやって僕は母さんとの距離をどんどん広げながら、高校を卒業した。
ずっと続くもんだと思っていたこの関係は思わぬ所で変化を迎えた。
高校を卒業して半年ほど経った、少し涼しくなってきたある日の夜のことだった。
いつものように一人で晩酌をしていた母さんが急に激しく咳き込み始めた。
階下から聞こえてくる湿った咳がやたら耳障りで、僕は母さんに怒鳴りつけてやるつもりで自分の部屋から飛び出した。
リビングのドアを開けた僕は目の前の光景に足が一瞬ですくんだ。
母さんは、床一面に血を吐いて苦しそうにうずくまっていた。
僕はすっかり気が動転して、どもりながら119に電話し、救急車を呼んだ。
そこで診てもらった医者の言うことには、おそらく胃潰瘍でしょうとのことで、遅れて病院に現れた父さんと一緒に安堵のため息をもらした。
胃潰瘍なんて死ぬほどのもんじゃない。
そんな安心感から、母さんの一週間ほどの入院生活の間、僕はほとんど見舞いに行かず、いつも通りアルバイトに行って、友達と夜遅くまで遊んで過ごした。
しかし、精密検査をしていくうちに、母さんの胃を蝕んでいたのは、潰瘍なんかではなく、スキルス性の癌であることがわかった。
当然ながら入院生活は延長せざるを得なくなった。
進行の早いその癌は、母さんの体にあちこち転移しまくっていたらしい。
俗に言う“末期癌”って奴だ。
僕は、その時初めて自分が取り返しのつかないことをしていたことに気付いた。