モトカレシ-8
陽介は、何か言いたそうな顔をしたままあたしの頬を優しく撫で続ける。
あたしは時が止まったかのようにジッと彼の愛撫を受け入れていた。
やがて、その手が絡めていた手からスルリと逃れたかと思うと、そのままあたしのうなじの方へ流れていく。
スッと髪の毛の中に彼の手が入ってくるのは、キスが注がれる合図。
これが陽介の答えだと思うと、嬉しさで涙がこぼれそうになる。
陽介の顔が徐々に近付くのに連れ、自然と閉じていく瞳。
でもその刹那、部屋の方からドアがガチャリと開く音がして、あたしは現実に引き戻された。
サッと陽介があたしから離れ、視界が広がる。
そこに見えた光景。それは信じがたいものだった。
「あ、恵ちゃん」
……なんで?
ぼやけた視界でもハッキリ分かる、その姿と声にあたしは崖から突き落とされたような、そんな衝撃を受けた。
サラサラの髪を揺らしながらこちらに歩いて来るくるみさんの姿は、水色のパイル地の半袖パーカーとお揃いのショートパンツという、これまたラフなルームウェア。
陽介も部屋着姿であることから伺えるのは、この二人はここでくつろいでいたということ。
あたしが疲れた陽介を癒してあげてるの、とクスクス笑うくるみさんの言葉が脳裏によぎる。
――ここでくるみさんと何して過ごしていたの?
震える手をグッと握りしめ、ギリッと奥歯を鳴らす。
くるみさんはそんなあたしを見ると、ニッコリ笑って、
「ああ、もしかして忘れ物取りに来た? 別れたって聞いたから」
と、言いながら陽介の腕に自分のそれをごく自然に絡ませた。
まるで恋人同士みたいに。
陽介は相変わらず俯いたまま黙っているけれど、こうして見れば、ため息が出るほどの美男美女のカップルだ。
どう見てもあたしよりもお似合いの二人。
陽介は、くるみさんの手を振り払おうともしない、言い訳すらしようとしない。
そんな陽介に苛立ちが沸々と込み上げてくる。
「恵ちゃん、荷物はあとであたしがまとめて送ってあげるから。陽介は疲れているから、今日の所はお引き取り願える? 陽介のことはあたしに任して」
そう言って陽介に、「お風呂沸いてるから」なんてひそひそ耳打ちするくるみさん。
やっぱり陽介が必要としていたのは、あたしじゃなくてくるみさんだったんだ。
その瞬間、あたしの中で何か爆ぜるような音がした。