モトカレシ-6
◇
ジメッとした空気を振り払うように二の腕を擦りながら、あたしは上を見上げた。
まだまだ蒸し暑いのにブルッと身震いをしてしまったのは、擦った二の腕が思いの外ひんやりしていたせいか、それとも――。
ゴクリと生唾を飲み込んで見据えた先には、緑色したカーテンから漏れる灯り。
何度も訪れた陽介のアパートをこんな風にここから眺めたことなんてなかったな。
それでも、ここまで来れたのは優真先輩の存在があったからだ。
あたしを裏切って、最悪な形で終わった優真先輩との関係。
多分、他人よりも遠い存在だった彼が、まさかあたしの異変に気付いてくれていたとは。
振られたばかりで他の男、しかも元カレなんかに頼るなんて情けない真似はしたくなかったけど、優真先輩の存在に救われたのは事実。
彼から勇気をもらったから、今のあたしはここにいる。
「さ、行くか」
カツンとアスファルトをサンダルのヒールが鳴らす。夜もすっかり更けて静まった街並みにやけに響いた。
一歩、また一歩。
歩みを進めていくに比例して、破裂しそうな心臓。
会いたいけど、怖くて、でも好きでたまらなくて。
いろんな感情がごちゃ混ぜになっているけど、とにかく自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。
塗装の剥げた階段を上った先にある、突当たりの部屋の前に立った途端、武者震いで膝がガクガク震えだした。
白いドアの前に立って深呼吸を一つして何とか自分を落ち着かせる。
ドアスコープから漏れる光。このドアの向こうに陽介がいるんだ。
何度か陽介のアパートに訪れてみたことはあったけれど、相変わらずアルバイトが忙しいみたいでいつも真っ暗な部屋だった。
でも、やっと陽介に思いを伝えられる。
あたしは震える人指し指で、ドアの横にあるインターホンをそっと押した。
「はい」
ドアの向こうで返事をする声が聞こえる。
インターホン越しに応対しないで返事をするクセがやけに懐かしい。
しかもろくに相手を確かめないでドアを開けるもんだから、宗教勧誘やしつこいセールスマンに捕まることが多かったっけ。
ほら、今も。
ハンドルレバーがガチャリと下がると同時に、勢いよく開く扉。
愛しい人の煙草の香りが部屋から飛び出してきて、あたしは俯いていた顔をそっと上げた。