モトカレシ-2
◇
「恵、ちょっといい?」
そう言って彼が、ゼミが終わって帰り支度を整えていたあたしの肩を掴んだのは、今から数分前のこと。
ハッキリ言って、優真先輩に話しかけられるなんて思いもしなかったあたしは、
「は、はひ?」
なんて間抜けな声で返事をしてしまった。
でも、優真先輩はクスリとも笑わずにコの字型に並べられた机の上に座り込んでしまったもんだから、あたしは笑って逃げることもできず。
結局、仕方なしにさっきまで自分が座っていたパイプ椅子に再び座った。
次々と教室を後にするゼミの仲間達は、あたしと優真先輩という意外な組み合わせに好奇心を隠せないような、意味深な笑みを浮かべていた。
「ごめんな、オレなんかと話なんてしたくなかっただろうけどさ」
居心地が悪くて肩を竦めているあたしに向かって、優真先輩は少し申し訳なさそうな顔でショルダーバッグのねじれを直しながらそう前置きする。
確かに、話なんてしたくないってずっと思っていた。
セルフレーム越しの切れ長の瞳をソワソワしながら泳がす優真先輩。
多分、気まずくて仕方ないんだと思う。
あたしも元カレを目の前にして、絶対気まずくなるってずっと思っていたけど、いざこの状況に陥ってみても、前ほどの嫌悪感は不思議となかった。
浮気していたと知った時は裏切られた気持ちでいっぱいだったのに。
時が過ぎると失恋の痛みは笑って過ごせるようになるのだろうか?
いつか、陽介のことも思い出にできるのかな?
あたしはふと陽介の笑顔を思い浮かべてはチクリと痛む胸をソッと押さえた。
「恵……、彼氏と喧嘩でもしたのか?」
「え?」
「いや、最近ずっと元気ないみたいだしなんか痩せたっていうか、やつれたっていうか……」
あたしに気を遣ってか、一向に目を合わせなかった優真先輩が、そこまで言うとようやく意を決したようにこちらを見た。
……優真先輩、気付いてたの?
大好きだった柔らかい表情は相変わらずで、なんだか目の奥がジーンと痛くなる。
「いや、オレが心配したって恵には嫌がられるのはわかってたんだけどさ、今にも泣きそうな顔してるの見てたら、なんだかほっとけなくて……」
彼は上擦った声でそう言いながら、頭を掻いたり鼻の下を擦ったり。
優真先輩、すっごい挙動不審……。
泣きたい反面、優真先輩の仕草がなんだか可笑しくてクスリと笑いが込み上げてくる。
『やだ、気のせいじゃないですか』
そう笑い飛ばしてやればいいだけだ、この人は何にも関係ないんだから。
――なのに。
なぜか出て来たのは嗚咽。ポロッと不覚にも落ちてしまった涙。
「恵……」
「……ひっ」
優真先輩の心配そうな視線が痛い。
こんな時に優しくなんかしないでよ。
気付けばあたしはハラハラと涙を流しながら嗚咽をこらえるので精一杯だった。