王子様の憂鬱-5
(……獣人……?……魔獣って事は無いよな……)
この世界には獣人という種族も居る。
人間の身体に獣の能力を持った人々……非常に数が少なく珍しい種族だ。
そして、魔獣であるグロウが人の姿になると猫耳と猫尻尾が生えている……しかし、魔獣は獣人よりも数が少ない……というか、今はグロウしか知らない。
そのグロウは猫の姿のままで両手両膝をついてえづいている男の背中を擦っていた。
「やだっもう!ゼインったら最悪っ」
もう1人の護衛らしき人物は女性で、くるくるの黒い髪に浅黒い肌、露出の激しいメイド服。
彼女はひらりと獣人から離れ、キアルリアを盾にして隠れた。
「カリー、お前な……」
ゼインと呼ばれた獣人は蒼い目で女性……カリーを睨む。
盾にされたキアルリアも嫌な顔をしている。
1人元気なカリーは肩をすくめると、くるりと振り返った。
ルビーの様な赤い目と、デレクシスの水色の目がガッチリ合う。
「にゃは♪アナタがデレクシス王子ねん?私、カリー。吐いてるのがゼイン。よろしくぅ♪」
きゃぴきゃぴと頭の悪そうな感じで挨拶をするカリーに、用意していた挨拶文がデレクシスの頭の中から消し飛んだ。
しかし、それよりも……。
「君はシグナーの『赤眼のカリオペ』だね?」
スッと目を細めたデレクシスから出た言葉に、その場に居る全員がビキビキッと固まったのだった。
とりあえず、場所を移動しようと一同は謁見室に集まる。
魔力酔いに効くお茶を用意され、ひと息つくとキアルリアが口を開いた。
「良く分かりましたね」
見直した、と感心して言うキアルリアにデレクシスは苦笑する。
「南の大陸じゃ有名な暗殺者だからね。そりゃ分かるよ」
有名と言っても狙われ易い王族や貴族の間だけでだが。
「でも、暫く……そうだな、4年ぐらい名前を聞かなかったな……返り討ちにあったとか、妊娠したとか噂は流れたけど?」
デレクシスはカップ越しにチラリとカリーを見た。
「まあ、色々あったのよん」
それからカリーは長い長い話を始めた。
昔々、暗殺者と奴隷が居ました……から始まった話は、ちょっとした小説になりそうな内容。
詳しくは『アンバランス×トリップ』を読んでね……という声がどこからか聞こえてきそうだ。