生徒会へようこそ【MISSION'6'犬のキャロルを発見せよ!】-8
僕がそう言うと、思い出したようにポンと宝さんが手を鳴らした。
「そういえばそんな話を聞いたな」
「んー、かすみちゃんは勘が鋭いというか、真に迫るというか…」
早羽さんの横顔が困ったように笑う。
そして、少し上を向いて遥か遠くを見つめた。
「私がおばあちゃんと住むようになったのはね、高校に入学したばかりの時なの。
私の家、元々小さい定食屋だったんだけどちょっと経営が厳しくなっちゃって…そしたら何を思ったかお父さんが『ニューヨーカーに本当の日本食を教えてやる』ってアメリカに行っちゃったの。
お母さんもそれに付き合って行っちゃって…」
何つぅか、無鉄砲というか大胆というか…。凄まじいご両親だ。
「ほう、アメリカに…。アメリカには何度か行ったことがありますが、国事態がワイルドで活気と娯楽に溢れている最先端の国ですよね」
「ですよね」とか言われても行ったことないから知らないよ、宝さん。
「そうなの?それならお父さんもお母さんも楽しそう」
大人な早羽さんは宝さんに向かってにっこりと笑みを返した。
「そうなのです!早羽さんは行かなかったのですか?」
「うん、せっかく入学したばかりだったし。それで、おばあちゃんの家に居候させてもらおうと思ったの」
両親と離れて暮らすことを決断出来るなんて凄いな。きっとおばあちゃんと早羽さんの関係が良好だったんだろう。
高校からも比較的近いし、おばあちゃんが居てくれて良かった。
「でもねー、お父さんとお母さんが飛び立って行った矢先にお金の問題が出てきたのよね。
おばあちゃんに負担は掛けたくないし、かといって一念発起した親から支援してもらうわけにはいかないし、アルバイト禁止だから自分で稼ぐことも出来ないし」
日本に残ったはいいものの、お先真っ暗の状態だったのか。程度は天と地ほどの差があるけど、停学になりかけた僕と少し似てるな。
「よし、辞めて働こう!って思ったの」
ニッと屈託の無い笑顔を浮かべる早羽さん。
「え…自主退学ってことですか?」
僕は停学になるかならないかだけであんなにへこんでたのに…。退学するかしないかの瀬戸際になったら早羽さんのようには笑えない。
すごく…前向きな人なんだろうな。
「そ。アメリカに行くつもりは無かったから仕事しながらおばあちゃんと一緒に暮らしていこうと思って、たまたまそこを通りかかった先生捕まえて『辞めます』って言ったの」
あ、もしかしてその先生って…。
「渡邊先生…ですか?」
こくりと早羽さんが頷いた。
「渡邊先生は私の話を聞いて『聞かなかったことにするからバイトしちゃえ』って言ったの。『学校には内緒にしといてやる』って。びっくりしたけど嬉しかったなぁ、本当に」
当時を思い返しているのか、早羽さんはクックックと肩を揺らした。
渡邊先生、めちゃめちゃ格好いいじゃないか。男の僕でも惚れちゃいそう。
「それで、キャバですかぁ。当時から早羽さん大人っぽかったんですねぇ」
「…優……」
宝さんが僕の名前を呟いたのでそちらに顔を向けると、彼女は汚物を見るような目で僕を見ていた。
それでハッとし。
何だこの下心丸見えの質問は!まるでセクハラ上司みたいな質問しやがって、僕のバカ!
僕と宝さんを交互に見ていた早羽さんは突然アッハッハと大声で笑った。
「違うよぉ!普段はお弁当屋さんでバイトしてるの!
あの時は、おばあちゃんが体の具合が悪くて色々検査したからまとまったお金が必要になっちゃって…。
手っ取り早く水商売をやることにしたの!」
手っ取り早く水商売に手を出せる早羽さん…。見かけの割に肝座ってるなぁと思った。
「一週間限定だったのに、最終日に先生に見付かってそのまま停学」
早羽さんはわざとらしく肩を落として、ふぅっと短く息をはく。
「でも、せんせがいなかったら停学じゃなく退学だったと思う」
『せんせ』って渡邊先生のことだよな。
早羽さんがそっと目を伏せる。睫毛の影が早羽さんの頬に落ちていた。
「私、渡邊先生に二回も助けられちゃってる」
早羽さんが嬉しそうに笑った。
「三回です」
僕は間髪いれずにそう言う。僕の言葉を聞いて「え?」と早羽さんは目を丸くした。
「早羽さんが幽霊だと騒ぎになったとき、確認しにいこうとした生徒を抑制したのは渡邊先生です。先生が抑えてなきゃ、早羽さんの噂は一年生にも広まったと思います」
そうなっていたら早羽さんは、ますます戻って来づらくなっていただろう。
「そうだったんだ…」
小さく呟いた早羽さんの顔がふわりと綻んだ。既に夕日に染まっているにも関わらず、はっきりと分かる程に頬が赤らんでいる。
「もう頭上がらないね」
ヘヘっとはにかむその表情は正に『恋する少女』だった。
僕と宝さんも顔を見合せてニヤリとする。宝さんも色恋沙汰に気付けるのかとちょっと驚いた。