想-white&black-N-9
彰斗さんが帰った後、私は楓さんに腕を引かれたまま彼の自室に連れて行かれた。
楓さんは制服のネクタイを外しながら無言のままソファにドサッと腰かける。
あれから一言も口をきかないままだった。
私はと言えば何となく居場所がなく部屋の隅に立っているしかできずにいる。
「相変わらず彰斗さんが関わるとロクなことがない」
呆れたように溜め息をつきながら楓さんの視線は私に向けられる。
私は悪いことをした訳でもないのに、その視線から逃れるようにうつ向いた。
「まあ、いずれ顔を合わせることにはなるだろうと思っていたがな……。そう言えば彰斗さんの車にはねられそうになったって言ってたが?」
「はい……。でも怪我とかはなかったから」
まさか車の中にいたのが麻斗さんのお兄さんだとは夢にも思わなかったけど。
「ならいいけどな。傷モノにされちゃこっちがたまらない」
「……ごめんなさい、私の不注意だったんです」
少し言葉を交わした後、また沈黙が流れる。
何だか空気が重くてここにいるのが苦痛にすら感じてしまう。
楓さんはあまり感情を表に出さないし、言葉にしないから私には何を考えているのか分からないことも多い。
「………気になるか?」
「え?」
突然の問いかけに思わず顔を上げる。
そこにはどこか複雑そうな眼差しを向ける楓さんの瞳とぶつかった。
「麻斗の事だ。かなり熱を出してるらしいと学校でも聞いていたからな」
「あ、あの……。いえ、別に……」
嘘だ。
あんな酷い雨の中、私の忘れ物を届けに来てくれた麻斗さんの事が気になっていた。
たった一つの忘れ物のために。
追いかけきた私に傘を渡してそのまま濡れて帰ったんだろう。
そのせいで今辛い思いをしているのかと思うと胸が痛む。
「こっちに来い」
私がそれ以上何も言えないでいると楓さんが手を伸ばしてきた。
それに誘われるように楓さんの側に行く。
「あっ……」
手を引っ張られて楓さんの膝の上に座らされた。
「俺があいつの所に行くなと言えばお前は行かないか?」
耳元で囁くように話される。
吐息がくすぐったい。
「……行くなと言われなくても行きません」
ズルい人だと思った。
この人は私が本当はどうしたいかを分かっているはず。
それなのにこんな質問をして私が我慢するのを見て楽しんでいるのかもしれない。
「嘘だな。本当はどうしたいんだ?」
「…………」
「あいつの所に行きたいんだろ。心配でたまらないって顔してるぞ」
「! そんなこと……っ、んっ……」
言葉を詰まらせていると楓さんの長い指が私の顎を持ち上げて唇を重ねてきた。
「あ……、ん、んんっ、は、あっ……」
唇の隙間から舌を差し込んでくると絡ませながら味わうように執拗にそれを繰り返す。